ガルバって何かと思ったらガールズバーか なにか鉄っぽい素材のイメージがあって意味がわからんかったわ
【2024.04.23追記:ここから】 本記事の公開後、下記増田の作者様から直接ご連絡を頂戴し、動画の作成および公開について快く承諾をいただけた。この場を借りて改めて御礼を申し上げるとともに、折角なのでということで再録・編集した動画を下記のとおり動画を公開する。まことにありがとうございました。インターネットにも感謝します。 www.youtube.com 【2024.04.23追記:ここまで】 いつものようにはてなブックマークを見ていると、あるはてな匿名ダイアリーの記事に出会った。 anond.hatelabo.jp 面白い! 落語みたいでいいですね。と感じた矢先、これは声に出して読むとより面白いのではないか、と思った。早速読み上げてみると、やっぱり面白い。面白い話は演る側にとっても面白いのである。興奮冷めやらぬ中、私にしては珍しく、今すぐに形にしなければと、腹の底から意欲が湧き出て、とり
漫画家の汐街コナ氏は、以前SNS上で「永井豪の漫画が原因で、現実でもスカートめくりなどの性加害行為が発生した」という、永井豪先生に対して批判的なポストを行っていました。 https://twitter.com/sodium/status/1612993220979621888 このポストをした汐街コナ氏は、ネット外のリアル環境の場において、永井豪先生の殺害を示唆する発言を行っていました。 以下は、汐街コナ氏がリアルの場で語っていた事の概要です。 申し訳ありませんが、こちらの身バレ防止のため、場所・時間・状況などは伏せさせていただきます。 ・永井豪がハレンチ学園を描いたせいで日本中に性加害が蔓延した、許せない。 ・タイムマシンがあったら過去に戻ってハレンチ学園を描く前に永井豪を殺しに行く。 ・むしろ今からでも永井豪は殺してやりたいと思ってる。 ・永井豪が拡大させた性被害者の規模の大きさを考え
めちゃ歩く?それとも気にしない? 1日一万歩歩けば生きていける気がするし、健康にもなるし、働かなくて済むかな by増田
珥暇に骰を禎す(じかにさいをさいわいす、あるいはじかにさいをていす、とも)出典:『淮南子』外5巻 昔、楚の国に珥(みみわ・みみかざり)の暇*1、に骰(サイコロ)を投げ込み、骰が耳輪に嵌まり込むことを楽しむ者がいた。 噂を聞きつけた楚の荘王は配下の伍挙を遣わせ、その者になぜそれが楽しいのか? 何かのまじないなのか? と問うた。 その者が答えていわく「まじないでもなんでもない。ただ耳輪の合間に骰が嵌るのが楽しいのであり、その理由こそが理由だ」と。 伍挙は呆れて帰りこのことを荘王に告げ、王はそれ以上その者について問うことはなかった。 ここから、価値のないものに価値をひたすらに見出すことを「珥暇に骰を禎す(禎珥暇骰)」と呼ぶようになった。 注1 従来この「暇」字を解釈し、耳輪の円環のうち、耳に掛ける隙間の部分を指すと考えられてきた(高誘『淮南鴻烈解』など)。 金谷治氏は、古来よりのこの解釈を肯定し
ただの高級なワインじゃない、一本で何万もするワインだ。それを買う。 購入後は少しずつ飲んで、空き瓶は大事にとっておく。そして友人や知人が訪れた際、イオンで買ってきた一本四百円以下のワインをその空き瓶に移し替える。あとは「台所で開けてきた」といって高級ワインを差し出し、数万のワインを遠慮せず並々とグラスに注ぐ。 相手は驚き、遠慮するものの「来てくれ嬉しいから」とそれっぽい理由を話し、相手も「それなら…」とグラスに口をつける。相手は高級ワインの味に驚き、とても美味だといって大いに喜ぶ。 こうして俺は友人知人から小金持ちだと思われており、実に気さくで良いやつだという評判を得ている。 今のところワインの味はバレていない。 結局のところ、そんなものなのだ。
こんど転職するのだが、見切り発車で仕事をやめた結果、次の仕事が始まるまで1か月ほど暇な時間ができてしまった。 2週間ほど休んだらもう休むのが嫌になってしまったので、せっかくなのでタイミーとやらを試してみようと思いついたときの話。 意外にも未経験だとできる仕事は少なく、やっと見つけたのは某化粧品とか日用品、掃除用品を作っている会社の流通倉庫でのピッキング作業。 朝から夕方までガッツリ働いても9000円いかないのには驚いたが、バイトなんて学生の頃以来なのでちょっと楽しみだ。 働いてみると、想像していたよりもずっとホワイト、というか巨大なシステムの一部として期待されていること以上のことは一切期待されていない、という労働環境なのでなかなか気楽で楽しかった。 休憩を抜くと7時間ほどハンドフォークを引っ張りながら歩きっぱなしだったが、毎日リングフィットをしているおかげかさほどダメージはなかった。 その
友人との金銭感覚が合わずモヤモヤしている。 「友人 旅行 金銭感覚 合わない」でググると類似ケースが大量に出てくるけど、まさにという感じ。 30後半の女5人で旅行を計画しているのだけど、そのうち一人は1人3万円後半から5万くらいの良い旅館に泊まりたい考え。 一方で私は1人2万円前後の一般的な価格帯が良い。 他のメンバーは高くても安くても別に良いと思ってる人や、私と同じで高いのはちょっと・・という雰囲気は出しているけど言葉を濁している人など。(これは私の思い込みかも) みんな思い出を作りたいという思いは一致しているけど、その手段が異なるんだろう。 高い宿が良い友人は高いところに泊まることで特別感を出し、それを思い出にしたいのだろう。 私は高い宿に泊まらずとも色んなところへ行ってみんなで楽しく過ごせれば、それが思い出になると思っている。 もう30代後半。若い頃にはそこまで差がなかったけど、さす
文化資本ガチ勢がガチ勢同士でつるむためのチケットでしかないだろ。くだらねえよ。意味ねえじゃん。 教養なんてあっても幸せになんてなれないし、むしろ邪魔まであるだろ。 自分で言うのもなんだが、俺にはかなりの教養がある。つまりお前に意見をするチケットがある。こんな話は反吐が出るから詳しくは言わないが、文系、理系、文化、芸術などなど、どの点をとっても俺の教養パワーにはほとんど隙がない。なぜ隙が無いのか?文化資本に恵まれているからだ。 どうして俺が反吐を出しつつも、こうして自分に教養があることを声高に主張するのかというと、教養のあるみなさん(笑)は教養の無い人の意見を聞いてくれないからだ。 教養のある皆さんにもよく考えてほしいんだが、教養のある奴が、教養のある故に幸福になっているところを見たことがあるか? 無いよな。 教養があって幸福なやつは、持ち前の向学心によって身についた職業に関する専門的な知識
「新海誠好きの元彼」が何を指すのかについて誤解が生じているようなので下の方に追記しました。 はじめに新海誠好きの元彼についてアンケートを取り元彼達についての同人誌を出す企画があったが、その企画に対して「新海誠好きの元彼」を馬鹿にしているとの批判が出たことから、企画が延期(中止?)になったらしい。 「新海誠が好きだった元カレ」がいた人々にインタビューしてみた|ペシミ 「新海誠好きの元彼」同人誌企画への3つのモヤモヤ、あるいはごく個人的な悲しみについてのこと - ささやかな終末 同人誌の企画中止につきまして|三宅香帆 おそらくこの批判をした人も、そして野次馬の多くも「新海誠好きの元彼」ではないだろう。別に「新海誠好きの元彼」を代表するつもりはないのだが、そのうちの一人として意見を表明しておくことに何らかの意味があるかも知れないと思い増田に書いておくことにする。 先に結論を書いておくと、この投稿
私の実家は細い。 私は平成の最初の年に、とある田舎で生まれた。 父は戦争で父(私の爺さん)を亡くし、中卒で新聞配達をしながら育ったらしい。 母も戦争で父(私の爺さん)がPTSDになり早世。同じく高卒で働いて育った。 親もそんな家庭環境で育ったため、叔父叔母も貧乏であり、学も無ければ、家に本も無く、父は飲みにケーションの営業マン、母はスーパーのパート職員をしていた。 職業からお察しの通り当然収入も少ない。にも関わらず子供を6人も産んだ。そうなると支出も増える。 収入も少なければ支出も多いのだ。当然貧乏だった。 小学校のクラスで下から5番目くらいの貧乏だった。 そんな環境だったから子供の頃は大変だった。 クラスでみんながポケモンの話をしていてもゲームを買ってもらえない、ドラクエの話も分からない、スマブラも練習できないので弱い。そして小遣いも一切ない。 私の世代で子供の頃にゲームの話ができないと
首都の立地、考えだすと楽しいよね…… 昔そこは国土の中心だった:コペンハーゲン(デンマーク)デンマークといえば、みんな大好き「(植民地とかではない)メインの領土が大陸にあるのに首都が島にある」2か国のうちの1つだけど(もう1つは赤道ギニア)、確かに「現在の」地図を見れば、首都コペンハーゲンはずいぶんと端っこにあるように見える。だが、コペンハーゲンはもともと国土の中心にあった。現在のスウェーデン南部スコーネ地方はもともとデンマーク領だったが、17世紀に戦争でスウェーデンに奪われたのだ。つまりコペンハーゲンは、ユラン半島とスカンジナビア半島南端部というメインの2つの領土をつなぐ、ちょうど真ん中の位置にあったことになる。仮に東北地方がソ連に奪われていたら、東京はずいぶん国土の端っこにあるように見えるのではないだろうか。 昔そこは国土の中心だった:ソウル(韓国)言うまでもないだろう。仮に将来南北統
色々と身に覚えがあり過ぎたので元子供の視点から。 【家族構成】 父(フリーランス) 母(パート) 私(一人っ子) 大の甘党だった父は、鞄に飴やらチョコやらを常備していて、朝保育園へ送る二人きりの車の中でよくそのお菓子を母には内緒と言って私にくれた。 保育園脇の駐車場でもらったお菓子を味わい、それがなくなったら父に行ってきますのキスをして登園する日常。 送迎時以外でも母の目を盗んでよくお菓子をくれる父に多分母も気付いていて、私に「歯磨きした後にお菓子食べちゃだめ」とよく言っていたけど、母に内緒で食べることを父から提案されたら禁止の効力なんてないも同然なわけで。 次第に私の中で 母→いつもダメダメばっかりで怒ってる、嫌い 父→いつもお菓子くれる、優しい、好き になっていった。 当時は本気で父と結婚すると言い張ってた。 あるとき父が飴を手渡さず自分の口に含み、口移しで渡してくるようになった。 元
16年と半年前、57歳になったばかりの2007年の9月に初めての投稿をしました。その2ヶ月くらい前から閲覧はしていた気がしますが閲覧履歴のようなものはないためわかりません。 ちょうどその頃、勤務していた会社で役員に昇格したばかりでした。法学部を卒業し新卒で入社して以来、ひたすら営業畑にいた私が役員になってから与えられたのは情報システム部を含むIT分野でした。 その10年前ごろから会社にパソコンが導入され始め、総務部門にいた同期が悪戦苦闘しており「大変そうだな〜」なんて気楽に思っておりましたが、まさか自分がそれらを統括する立場に置かれるとは思いませんでした。 IBMが主催する勉強会に参加したり、書籍を購入したり、パソコン教室にも通い、DELLのデスクトップPCを購入して大学生だった息子に助けられながら設定をしていました。 インターネットを徘徊する中で見つけたのがはてな匿名ダイアリーです。 結
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