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ブックマーク / tao-and-gnosis.hateblo.jp (1)

  • 尾竹紅吉/富本一枝と『青鞜』その後。 - tao-and-gnosisの日記

    僅か17歳で 青鞜の編集に加わり紅吉を名乗った一枝は早熟で才能あふれる日画家でもあった。 やがて芸術家同士の結婚。 二人の大正4年から大正15年までの安堵村での暮らしを偲ばせるこんな文章が憲吉の著書『窯辺雑記』中にある。 「なるべく安価にして模様なき只温き衣を幼児に買ふとて我等思ひまどふ。安価なるを望むは貧しき故にして、模様無からむと望むは日常模様を以て座右を廻らす我等がその模様の凡てを好まざればなり。」 〈工房にて〉より。 『長くつ下のピッピ』ならぬ 青い下/青鞜の 「新しい女」だった 紅吉/一枝は 画一的な学校教育を嫌って 長女 陽と 次女 陶に 家庭教師をつけ自宅で養育した。 ・ 後年 量産できる憲吉デザインの焼き物の頒布会などをしたのも 安堵での若い頃の経験から 優れた質と実用の美を持った品物を比較的安価に 手に入るようにしたいとの想いからだったろう。 ・ 安堵村で 一枝は憲吉

    尾竹紅吉/富本一枝と『青鞜』その後。 - tao-and-gnosisの日記
    Guro
    Guro 2024/05/10
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