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奈良とおもしろいに関するaround89nのブックマーク (3)

  • 【速報】奈良・平城宮跡で木簡1000点発見  1300年前の聖武天皇即位の儀式「大嘗祭」の記録も|YTV NEWS NNN

    奈良市にある平城京の跡地から、ちょうど1300年前の聖武天皇即位の儀式を記した記録・木簡が発見されました。 奈良市の平城宮跡の穴から見つかったのは、奈良時代に書かれた木簡、約1000点です。奈良文化財研究所が、去年10月から穴の発掘を始め、木簡を発見。土を洗い流していたところ、「大嘗分」と書かれた木簡が複数見つかりました。 「大嘗祭」とは、天皇の皇位継承にまつわる儀式で、いまの天皇陛下ご即位の際も執り行われました。国や民の安寧や農作物が豊かに実るよう祈る儀式ですが「秘儀」として、その全貌は皇室の外には明かされていません。 今回見つかった木簡は、今からちょうど1300年前、724年に聖武天皇が即位した際の「大嘗祭」に関する記録です。木簡には、聖武天皇の「大嘗祭」の為に運ばれた品々、「炭」や「魚」などの文字が確認できました。 今回の発見は、1300年前も今と同じく「大嘗祭」が執り行われていた考

    【速報】奈良・平城宮跡で木簡1000点発見  1300年前の聖武天皇即位の儀式「大嘗祭」の記録も|YTV NEWS NNN
    around89n
    around89n 2024/03/20
    これはすごいね~。全部解読したら、何かおもしろいこと分かるかなぁ~(笑)
  • 藤原京「横大路」の道幅23メートル余か 2本の溝跡見つかる|NHK 奈良県のニュース

    橿原市で飛鳥時代の都の「藤原京」を貫いていた幹線道路の側溝とみられる2の溝の跡が見つかり、当時の道幅は23メートル余りに及ぶと推定されています。 県立橿原考古学研究所が、藤原京の周辺部にあたる橿原市曽我町で令和元年から2年間発掘調査を行ったところ、東西方向に▼幅2.5メートルから3.4メートルと、▼幅2メートル余りの2の溝の跡が見つかりました。 溝は並行していて、すぐ上の地層から平安時代の土器が見つかっていることなどから、古代の道路の側溝だった可能性が高いということです。 2の溝の間隔から、当時の道幅は、現在建設中の4車線の京奈和自動車道にも匹敵する23メートル余りに及ぶと推定され、およそ1300年前の飛鳥時代に藤原京を東西に貫いていた古代の幹線道路「横大路」ではないかとみられています。 その広さを体感してもらおうと、調査結果が展示されている研究所のロビーには、道幅分の白いテープが貼

    藤原京「横大路」の道幅23メートル余か 2本の溝跡見つかる|NHK 奈良県のニュース
    around89n
    around89n 2024/01/13
    おぉ~、これは大変じゃないか。イオンモールの北側、京奈和道のそば...って思ったら『現在建設中の4車線の京奈和自動車道にも匹敵する23メートル余りに及ぶと推定され』とのこと(笑)。今度帰ったら、見に行こう!
  • なぜ?どうして?「近鉄田原本線」−−とっても気になる11の不思議 | GetNavi web ゲットナビ

    まずは、この路線の不思議なところは、起点駅の新王寺駅と、終点駅の西田原駅(にしたわらもとえき)の両駅とも、近くに近鉄の駅がありながら、駅が異なっているということ。しかも隣接する駅とは線路が結びついていない。詳しい駅の造りは、後述するとして、新王寺駅は、近鉄生駒線の王寺駅と130m(徒歩2分弱)ほど離れている。西田原駅は、近鉄橿原線(かしはらせん)の田原駅と60m弱離れている。ここで名前をあげた3路線すべて、線路幅が1435mmと同一であるのにもかかわらずである。 こうした大手私鉄の路線網で自社他線との接続がない路線を“孤立路線”と呼ぶことがある。田原線は隣接して走る橿原線と連絡線があり、回送電車がこの連絡線を通って行き来するものの、直通電車は走っていない。起終点の駅の同一会社同士の駅の離れ方は、他に例を見ない微妙な“孤立ぶり”である。 なぜ、孤立路線となったのだろう。それこそ同路線

    なぜ?どうして?「近鉄田原本線」−−とっても気になる11の不思議 | GetNavi web ゲットナビ
    around89n
    around89n 2020/10/12
    ...孤立路線となっている近鉄田原本線の不思議な話。もともとは大和鉄道で、桜井まで伸びていたことは知らなかった。おもしろい!/たくさん謎があるけど、あまり解決されてないね😅。まぁおもしろいからいいか!
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