連合は自由で民主的な運動 私が会長に就任してから、連合と共産党との関係についての私の発言がよく報道される。しかし、前会長の神津里季生氏と同じことしか言っておらず、困惑している部分もある。 そもそも連合の労働運動は、自由で民主的な労働運動を強化、拡大していくというところから始まっている。その点で共産とは考え方が違い、相いれない。現実的にも、連合の組合と共産党系の組合は職場、労働運動の現場で日々競合し、しのぎを削っている。 労働組合に関わりのない方々には分かりづらいことかもしれないが、戦後の労働運動や連合が結成に至った経過などを説明すれば理解していただけるはずだ。 立憲が何を目指しているかわかりにくくなった 先の衆院選では、共産が選挙運動の前面に出たことによって、現場によっては選挙対策本部に入ることや、街頭で弁士として並ぶことが難しい事態が起きた。結果として連合の動員力が発揮できないことがあっ
テレビ朝日の玉川徹氏が24日、同局「羽鳥慎一モーニングショー」にリモート出演。、日本共産党・志位和夫委員長、日本維新の会・片山虎之助共同代表に直球質問をぶつけ、暴走した。 この日は志位氏、片山氏と立憲民主党・江田憲司代表代行、国民民主党・玉木雄一郎代表の野党4党の代表が生出演し、コロナ対策などさまざまな党の政策を訴えた。 玉川氏は最後に「与党が横暴するのは、野党が強くなればそんなことありえない。じゃあ野党はどうなったら強くなるのかといったら、もう数なんです、残念ながら。選挙は数を取らないとどうしようもないので、ホントは日本維新の会も政策協定やって野党が一本化するっていうのが僕はいいと思う」と熱く語り「ダメ?片山さん、できないの?」と、突然の質問。 驚いた片山氏は「相談はしますけどね、なかなか一致しないね」と苦笑い。 玉川氏は「相談して下さいよ!」とゲキ。「それからあと、共産党は例えば共産党
共産「暴力革命」変更なし 志位氏、デマ攻撃と非難―政府見解 2021年09月14日20時23分 記者会見する加藤勝信官房長官=14日、首相官邸 加藤勝信官房長官は14日の記者会見で、共産党の「いわゆる敵の出方論」に立った暴力革命の方針について、「変更ないものと認識している」と改めて政府の立場を説明した。これに対し、共産党の志位和夫委員長は「全く成り立つ余地のないデマ攻撃だ」と反論する談話を出し、政府見解について「到底許されない」と非難した。 共産、現在も破防法対象団体 政府答弁書 公安調査庁はホームページで、共産党について「革命の形態が平和的になるか非平和的になるかは敵の出方によるとする『いわゆる敵の出方論』を採用し、暴力革命の可能性を否定することなく現在に至っている」と指摘している。 政治 コメントをする
『鬼滅の刃 無限列車編』 残酷シーンはあった。でも煉獄杏寿郎の「俺はいかなる理由があろうとも鬼にはならない」「ここにいる者は誰も死なせない」「 母上、俺はちゃんとやれただろうかやるべきこと 果たすべきことを全うできましたか?」とい… https://t.co/1QlxO8ZASh
去年4月に田村智子議員が質問した、国立感染症研究所の人員削減についての質問がまさに今を言い当てていて、本当にこういう警告をことごとく無視してきたんだなあと フル:https://t.co/L5DIzHRv9z https://t.co/HwuG0CLuQo
「共産党」に、あなたは、どんなイメージを持つだろうか。 「桜を見る会」をめぐって、理詰めの追及を続ける姿勢? それとも、崩壊したソ連や、中国の一党独裁? 永田町では、野党の合流話が一気に盛り上がりを見せているが、そこに共産党の姿はない。 他の野党からは、選挙では「共産党アレルギー」があるという声も出ている。でも、「共産党アレルギー」って本当にあるの?その実態を追った。 (奥住憲史、花岡伸行) 党首会談から委員長が消えた!? 臨時国会最終盤の12月6日、午後3時。 立憲民主、国民民主、共産、社民の野党4党の党首らが会談し、内閣不信任決議案の提出を含む終盤国会の対応を協議していた。 共産党からは、志位委員長が出席。 席を立つ志位委員長たち。これで終了か、と思いきや… 共産党からの出席者は退出し、ほかのメンバーはおもむろに座り直した。 そして、志位委員長抜きで、再び「党首会談」が始まったのだ。
本当は専門家が語るべきだろうと思うが、今回の騒動で問題となった同和という言葉を中心に少しだけ。僕らの世代では当たり前でも、今の若い人たちはあまり知らないことなのかもと思うし、極めて党派的対立が強い分野なので、専門家ではない一般人がアウトラインを語る意味は少しはあるだろうと思う。 もともとこの言葉は被差別部落の環境改善と差別解消を目的とした事業を、差別によって立ち遅れていた生活インフラや都市環境を他の地域と同じような水準にすることで差別を解消しようという意味で同和事業と呼んだことから来ている(追記あり)。地方で個別に行われていたものが、69年、同和対策事業特別措置法として正式に立法化され国策事業になった。10年の時限立法だった。 多額な予算を投入する国策事業なので、どうしても利権ができる。で、その利権を巡るいくつかの騒動が事件となり同和利権という言葉ができた。一方で、部落解放運動の中で、大き
自民党総裁選を見ていて、この党がつくづく酷い党になったことを感じる。石破氏を応援した大臣に「辞表を出せ」と恫喝し、安倍氏は「名前を言え」と恫喝に輪をかける。「モリカケ」は聞かれたことに答えず、差別発言の議員を庇い、プーチン大統領から嘲弄されてもなお媚びへつらう。国民の力で引導を!
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