ジェンダーやセクシュアリティ、人種、コミュニティの規範や理想を強化し、教え込む教育的な役割も担ってきたシネマ(映画)。そこで生まれた「常識」や「当然」を疑うことによって、慣れ親しんできたアイデンティティやカテゴリーを問い直し、「異なる」欲望や「非規範」的な関係の可能性へと導くものこそがクィア・シネマである。これまで編著や共著、雑誌などでクィア・シネマの可能性を日本に紹介してきた菅野優香の待望の単著デビュー作『クィア・シネマ 世界と時間に別の仕方で存在するために』が刊行された。今回は本書「はじめに」全文をためし読みとして無料公開する。 はじめに 映画の魅力に取り憑かれ、研究者となったが、映画に対する関心の中心にはつねにジェンダーやセクシュアリティの問題があった。どんな映画作家の、どんな映画作品を見ていても、それが気にならなかったことはない。そうして映画に接していくうちに、テーマとして直接扱わ