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出会いに関するluccioraのブックマーク (2)

  • 相互的な出会いについて…「モカシン靴のシンデレラ」 - lucciora’s diary 蛍日記

    中沢新一著 「モカシンのシンデレラ」 ーーーーーーーーーーーーーーーー あらすじ ミクマク版シンデレラにおいて、「王子」は「ふつうの人には見えないひと」であった。 その人は偉大な狩人で、守護神は霊界の最高者であるヘラジカだった。この人のお世話は、一人いる妹が全部取り仕切っていた。 見えない人は、夕方になると狩りから戻ってきて湖へと下りる。その姿を見ることができた者が結婚することができるといわれていた。そのために、たくさんの少女たちが、この人の姿を見ようと様々に試みたが、誰一人として成功したものはなかった。 「見えない人」は家に入りモカシンを脱ぐと、他の人にも見えるようになる。しかしそのときに姿を見ることができても、結婚することはできなかった。 この村のを亡くした男の3人娘の末娘は、体が小さく、病気がちで、姉たちにひどい扱いを受けている。一番上の姉は、焼けた炭で末娘の手や顔を焼いたので

    相互的な出会いについて…「モカシン靴のシンデレラ」 - lucciora’s diary 蛍日記
  • 人生のほんとう/池田晶子著 備忘録4 - lucciora’s diary 蛍日記

    ひきつづき…『人生のほんとう』より 語りのレベル p172 私はさきほど、「善く生きる」といいましたが、同時に「どうでもいい」と言っています。 これは矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、矛盾していません。 あるいは矛盾しているといってもいいです。実際、矛盾しているんだから。笑 池田の言うことはどうも矛盾しているのではないか。 いつも何か違うことを言っているように聞こえるかもしれません、ひょっとしたら。 けれども、物語を語ることは、どのレベルでものを言うかということです。 つまり存在イコール自己、この「イコール」さえ理解できていれば、 私の言うことが矛盾していないことが分かります。 何を言ってもいいんだ、どのレベルで語っているかの違いに過ぎないんだということが わかるはずです。 ちょっと説明的に言うと、人間はいろいろなレベルを一人の個人が持っています。 つまり個人の某としての存在、あ

    人生のほんとう/池田晶子著 備忘録4 - lucciora’s diary 蛍日記
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