静岡県・伊東市 うさみ大観音 50m? 1982年建立 地元の人からまったく愛されていない悲しい大観音。廃墟化が進んでおり、誰が壊すのかと住民はやきもきしている 「土地の人は、ああいうのは相手にしません。ヨソの人がやったことだから……」 静岡県伊東市宇佐美は、熱海と伊東の間にある海沿いの温暖な観光地。駅前の喫茶店で店を切り盛りする初老の女性に観光名所の一つ、うさみ大観音の話を聞くと、眉をひそめてそう吐き捨てた。 観音は、うさみ観音寺が建てられた’82年に造立された。峠道を上った山腹に位置する観音像は、町のどこからでも視界に入ってくる。寺のHPには「高さが50mの座像で、日本一の大観音様」とあるが、店の常連らしき2人組の60代の婦人が話に入ってきて否定する。 「50m? あるわけないでしょ。牛久大仏みたいに立派なら行こうかなっていう人もいるけど、あれじゃあオモチャだもん」 「あそこは水子供養
明治神宮は、全国一参拝者数の多い神社だそうだ。私も東京に行って時間に余裕があるとき、よく寄るスポットの一つである。 ところで、「参拝」する人は、何を目的としているだろう……と問うのは失礼かもしれない。もちろん本殿で手を合わせる人が大半かもしれないが、パワースポット巡りとか、鎮守の森を歩くことを楽しむ人も多いのではないか。 NHKスペシャルで、この森が約100年前に人工的につくられた森として紹介されて話題を呼んだようだが、多様で豊穣な生態系が築かれている東京都内のオアシスである。 私は、森もいいが、あえて拝殿前の鳥居に注目している。正確には、この鳥居となっている木の柱を、今のうちにじっくり見ておこうと思う。 なぜなら、この鳥居は、建て換えられる予定だからだ。 明治神宮にある巨大な鳥居は、みな木製なのだが、老朽化が進んでいる。なかでも一の鳥居を新しくする計画があるのだ。 気をつけてほしいのは、
見る度にイスラムの建築デザイン、内装や模様がとにかく恐ろしいほど美しいと思う。 個人的に気に入っている世界のイスラム建築(主にモスク)を挙げてみた。と言っても実際に見たわけではなく、画像ばかり眺めては、いつかは見てみたいと呟いているものたちの紹介である。 トルコ ブルーモスク トルコのモスクは、ドームが平たく、鉛筆のように尖ったミナレットが特徴だ。モスクと言っても、国によって色も形も様々で面白い。写真を載せておいて言うのも何だが、私としては建物の形だけで見ると、後々紹介する建築物のほうが好みなのだ。 通称ブルーモスクと呼ばれるこのモスクは、1616年オスマン帝国時代にできた壮大なモスク。ステンドグラス、イズニックのタイルで埋め尽くされた内装は息をのむほど美しい。天井を見上げればご覧の通りである。 トプカプ宮殿 1478年に完成し、400年もの間スルタン(君主)の居城であり、行政の中心だった
一連の地震で大きな被害を受けた熊本城で、崩落した石垣の石から戦国時代に彫り込んだとみられる観音菩薩が見つかり、インターネットで話題になっています。 熊本城調査研究センターによりますと、この観音菩薩は、戦国時代に一般の人たちが先祖を供養しようと、「板碑(いたび)」と呼ばれる板状の石碑に彫り込んだものだということです。その後、江戸時代に、熊本城の石垣を造る際、急いで石を集めたために、身近にあった板碑を石垣の石に転用したものとみられ、およそ400年の時を経て今回の地震で出現したのではないかということです。 発見した加藤神社の湯田崇弘宮司は、フェイスブックを通じて「永い時を経て現れたこの観音様に思いをはせると胸が揺さぶられる」と思いをつづり、13日までの3日間に1600人以上の反響がありました。湯田宮司は「地震の被害が大きく、悲しいことばかりでしたが、観音様を見て自然と手を合わせました。私たちのこ
奈良時代に創建され、高さ70~100メートルの七重塔だったとされる東大寺(奈良市)の東塔跡から、「七」の文字が刻まれた鎌倉時代の瓦がまとまって出土し22日、同寺と奈良文化財研究所、奈良県立橿原考古学研究所が発表した。「七」は七重塔を意味するといい、鎌倉時代の東塔再建に使われたとみられる。 瓦は昨年度の調査で出土した鎌倉時代の基壇周辺から計30点以上出土。「七」が中央に入った直径約15センチの軒丸瓦と、左右反転した軒平瓦の2種類があった。過去にも同様の瓦は見つかっていたが、どの建物に使われたかは分かっておらず、今回基壇周辺でまとまって出土したことで、東塔に使われたと分かった。 東大寺は創建当初、大仏殿を挟んで東西に塔が並んでいたが、東塔は平安時代に平家の南都焼き討ちで焼失。鎌倉時代に再建されたが落雷で焼失し、基壇跡だけが残っている。 東塔再建に関わった僧・栄西は、京都・法勝(ほっしょう)寺九
みなさんは大きな建物などを見ていて、「一体いくらぐらいするのかな」と値段が気になったことはありませんか? あまりに大きな物だと、どれくらいの金額なのか見当もつきませんよね。そこで今回は、世界中の大きな物の価格を調べてみました。 ●『エンパイア・ステート・ビルディング』 ニューヨークの超高層ビルはいくら?ニューヨークにある超高層ビルの「エンパイア・ステート・ビルディング」の最上階は102階。86階にある屋外展望台が世界的にも有名で、観光スポットにもなっています。1931年当時の建設費は「4,094万8,900ドル」。現在の為替レートで日本円に換算すると「48億4,097万8,958円」になります。 ●『第7艦隊の旗艦』 アメリカ海軍が保有する最強の揚陸指揮艦はいくら?「第7艦隊」はアメリカ海軍の艦隊の一つで、世界最強といわれる戦力を誇っています。この第7艦隊の司令部があるのは日本です。神奈川
戦前、日本帝国の「勢力圏」の拡大に伴い、日本国および日本人によってアジア太平洋地域に多くの海外神社が建てられました。本データベースは海外神社及びその跡地に関する、当時の写真・現況写真・図面・地図など非文字資料を中心に収録・整理したものです。 - 2023年6月の修正について - 2021年3月に改訂版を公開しましたが、データベースにバグが発生し、どうしても改善することができませんでした。そのため致し方なく2020年度版で追加したデータを削除し、以前の形(2016年度版)に戻さざるを得なくなりました。 5カ国語の検索に対応 神社名の5カ国語の検索に対応しました。従来の日本語表記に加え、英語表記、ハングル表記、簡体字表記、繁体字表記で検索できます。この画面右上の検索欄で使用できます。 5 Language Search Engine : 2016 Revised Edition It is n
境内 全景(弥山中腹より) 2016年G7広島外相会合における平舞台での雅楽。 厳島神社(いつくしまじんじゃ、公式表記:嚴島神社[1])は、広島県廿日市市の厳島(宮島)にある神社。式内社(名神大社)、安芸国一宮。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「三つ盛り二重亀甲に剣花菱」。 古くは「伊都岐島神社」とも記された。全国に約500社ある厳島神社の総本社である。 平成8年(1996年)12月にユネスコの世界文化遺産に「厳島神社」として登録されている[2]。 概要[編集] 広島湾に浮かぶ厳島(宮島)の北東部、弥山(標高535m)北麓に鎮座する。厳島は一般に「安芸の宮島」とも呼ばれ日本三景の1つに数えられている。平家からの信仰で有名で、平清盛により現在の海上に立つ大規模な社殿が整えられた。社殿は現在、本殿・拝殿・回廊など6棟が国宝に、14棟が重要文化財に指定されている。そのほか、平
奈良市の春日大社は5日、今回が第60次になる、20年に1度の本殿などの建て替え・修理を行う「式年造替(しきねんぞうたい)」に合わせて、通常は神職や皇族以外は一般参拝者が入れない「内院」から、国宝である本殿を間近に拝観できる特別公開を実施すると発表した。公開期間は4月1日(水)から5月31日(土)。今回は明治になってから公開されていなかった本殿裏側の後殿(うしろどの)に140年ぶりに入ることが可能になり、第一殿と第二殿の間にある磐座(いわくら)を初めて公開する。 また、神宝の特別拝観は3月29日(日)から4月5日(日)。3月29日(日)から31日(火)は直会殿(なおらいでん)、4月1日(水)から5日(日)は桂昌殿にて公開される。神宝は、奈良時代に白鹿に乗り鹿島神宮(茨城県)から来たとされる春日大社の祭神の姿を描いた鹿島立御神影図(かしまだちごしんえいず)とその際にお供の神職がささげたとされる
「灯台もとくらし」ということわざがある。日本のグローバル化が遅れていると言われる今、日本にしかない誇り高い企業文化があることを、私たちは忘れてはいないだろうか。その象徴ともいえるのが、創業100年以上となる長寿企業の多さだろう。日本には創業100年以上となる企業が約2万8000社あるが、創業1000年を超える長寿企業は現在7社。世界に類を見ない長寿企業国家なのだ。 自然災害、飢饉、戦争などをも乗り越えて、脈々と1000年以上も続く企業は、どのように逆境を乗り越えてきたのだろうか。世界最古の長寿企業、創業1436年を誇る金剛組の取締役社長、刀根健一氏に話を聞いた。 金剛組 取締役社長 刀根健一氏 (プロフィール)1954年生まれ。73年髙松建設入社、2001年同社取締役。04年青木あすなろ建設常務執行役員大阪建築本店長、05年青木マリーン取締役。11年金剛組専務執行役員を経て、12年同社代表
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ウマイヤ・モスク(アラビア語: الجامع الأموي, ラテン文字転写: al-Jāmiʿ al-Umawī, 英: Umayyad Mosque)は、ダマスクスの旧市街にある世界で最も古いイスラーム教の礼拝所のひとつ[1][2]。ダマスクスのマスジド・ジャーミイ(金曜モスク、大モスク)である。 ダマスクスはエジプトとメソポタミアを繋ぐ通商路の途中にあって上古より都市が栄え、非常に古い時代から雷神ハダドを祀る神殿があった。4世紀末に神殿があった聖所の上にキリスト教の教会が建てられ、634年のムスリムによるダマスクス征服(英語版)後、8世紀前半に、教会がモスクに改装された。遅くとも6世紀には洗礼者ヨハネの首がここにあると信じられており、教会は洗礼者ヨハネに奉献されていた。ヨハネの首はモスク建設中に実際に発見されたとされる。 ムスリムの間には、世界の終末の日における救世主イエスの再臨がウ
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