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*Musicとばるぼらに関するtxmx5のブックマーク (15)

  • 雑談・はっぴいえんど史観について私が知っている二、三の事柄|bxjp

    2001年以降に雑誌等に書いた記事を全部ここで読めるようにする予定の定額マガジン(インタビューは相手の許可が必要なので後回し)。あとnoteの有料記事はここに登録すれば単体で買わなくても全部読めます(※登録月以降のことです!登録前のは読めない)。『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』も全部ある。

    雑談・はっぴいえんど史観について私が知っている二、三の事柄|bxjp
  • 平成と共に育った音楽ジャンル“J-POP”の始まり

    の大衆音楽を意味する言葉としてすっかり定着した“J-POP”。この言葉はいったいどのように誕生し、どのように我々の日常に入り込んできたのだろうか。平成も終わる今、平成と共に育ったJ-POPの始まりについて、再考しておきたい。 取材・文 / ばるぼら なぜ“N”ではなく“J”なのかJ-POPとは日製のポップスである、とまずは定義しておこう。しかしこれがなかなかクセモノである。平成最後の年である西暦2019年現在、この言葉が持っていた意味はほぼ消失している。多くの人は単にCDショップの邦楽フロアに並ぶ作品のジャンルの名称だと思っていないだろうか。しかしJ-POPという言葉が来背負っていた意味は別にあった、はずだ。 1987年4月に国鉄が民営化に伴いJRに名称変更、日たばこ産業が1988年10月からJTの略称を使い始め、1992年4月に農協がJAに、1993年5月にサッカーのJリーグが

    平成と共に育った音楽ジャンル“J-POP”の始まり
    txmx5
    txmx5 2019/02/08
    “取材・文 / ばるぼら”
  • 音楽好きを虜にした魔窟、ジャニスの37年の歩み(後編) | レンタルCD&DVD - 音楽ナタリー

    1991年に始まった洋楽の新譜レンタル1年間禁止の動きによって、ジャニスは旧譜貸出と中古販売をメインにせざるをえなくなった、と前回書いた。この点について、1990年代という時代はジャニスにとって追い風だった。後編となる今回は、その1990年代以降のジャニスの状況について書いていく。 取材・文 / ばるぼら 旧譜に価値がある渋谷系ムーブメント1990年代に東京を中心に盛り上がったムーブメント・渋谷系は、邦楽の最新動向でもありつつ、膨大な旧譜の中から現代に新鮮に響く音楽を見つけ出す運動でもあった。「1990年代がジャニスにとって追い風だった」と前述したのは、渋谷系ファンの多くが、1960年代のソフトロックやサントラ、1970年代のファンクやジャズ、1980年代のネオアコやギターポップといった音楽を聴きたがり、その多くをジャニスはすでにレンタルで取りそろえていたからだ。当時ジャニスが入っていた御

    音楽好きを虜にした魔窟、ジャニスの37年の歩み(後編) | レンタルCD&DVD - 音楽ナタリー
  • 音楽好きを虜にした魔窟、ジャニスの37年の歩み(中編) | レンタルCD&DVD

    ジャニスを特別な貸レコード屋として1980年代に躍進させたのは“ここにしかない”特殊なジャンルのレコードだった、と前回書いた。それは東京・御茶ノ水という周辺に大学が多い土地柄から、メインの客層を“音楽好きの若者”に設定したことで選ばれたであろう偏った傾向だった。ではそれは具体的にはどんなものだったのか。80年代の傾向を記しておこう。 取材・文 / ばるぼら ジャニスの音楽的傾向まず最初に“ディスコ”。1960年代末から地道に広がり続けていたディスコは、1978年公開の映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の大ヒットで大衆化し、1980年代には若者の遊び場としてすっかり定着していた。そこに目をつけたジャニスは、当時の有名なディスコ・ツバキハウスに通って、店内に貼ってあった海外ディスコチャートをメモして帰り、そこに載っているレコードを買い集め、店頭に並べ出したのである。ツバキハウスの店長もその行

    音楽好きを虜にした魔窟、ジャニスの37年の歩み(中編) | レンタルCD&DVD
  • 音楽好きを虜にした魔窟、ジャニスの37年の歩み(前編) - 音楽ナタリー

    レンタルCD&DVD [バックナンバー] 音楽好きを虜にした魔窟、ジャニスの37年の歩み(前編) “マニアックすぎるレンタルCDショップ”が生まれた背景 2018年10月26日 18:00 1366 29 × 1366 この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。 363 713 290 シェア 2018年8月30日。東京・御茶ノ水のレンタルCD&DVDショップ「ジャニス」店が2018年11月をもって営業を終了する──そんなニュースがネット上を駆け巡った。中古販売の2号店は営業を続けるようだが、先のことはあまり決まっていないようだ。この報を聞いたかつての、そして現在のユーザーが「いかにジャニスで音楽体験が豊かになったか」を語り閉店を惜しむ声をあげる一方、音楽関係者が苦々しい心情を吐露していたのを見逃せなかった。レンタルCDという日にし

    音楽好きを虜にした魔窟、ジャニスの37年の歩み(前編) - 音楽ナタリー
  • 海外で評価されてるから、どうだったのか。 (better)

    ドメスティックな文化は日海外の二項対立の評価軸で語られやすい。昔はたしかに、日で評価されてなくても海外で評価されているというのが心の拠り所だった時期もある。ただ時間が経ってみると、インターネットが普及して情報が行き渡った現在からすると、どの国にもそれなりに、日と同じかそれ以下くらいの割合は、好きになる人がいるということが判ったと思う。海外だろうと情報が行き渡ればファンが生まれる、ということだ。 80年代後半頃から日のノイズ/オルタナティヴ勢がアメリカ方面でカルト的人気を得たり、チャゲアスなどのニューミュージック勢やJ-POPがアジア諸国で人気を得たりした。そういう現象は「日のジャーナリズムには評価されなくても海外標準の視点で見れば評価されるのだ」という風に理解されていたが、実際はたまたまそれらの情報が先に広まっただけで、ロックファンの誰もが馬鹿にしたB'zだって昨今は海外にファ

  • CSV渋谷について知ってることすべて|bxjp

    1985年11月29日から1988年1月17日まで渋谷にあったオーディオ&ヴィジュアル・ショップ「CSV渋谷」についてのまとまった情報は、ウェブにない。というより、書籍やら雑誌やら紙媒体にもほぼない。その後の様々な音楽文化の起点になった重要な場であったにも関わらず、である。なのでここは「CSV渋谷って名前をたまに聞くけど、何?」という人のために参考資料を提示しようという有料ページだ。 見出しだけ先に抜き出しておく。 ■開店について ■CSV渋谷の基情報 ■フロア解説(1987年3月頃のパンフレットより) ■CSV渋谷の設計データ(開店時) ■CSV渋谷提供のラジオ番組 ■店員(判明している人のみ) ■CSV渋谷の会員組織 ■CSV渋谷発行の印刷物 ■CSV渋谷発行のカセットマガジン『Hi’lde』 ■CSV渋谷発売のミュージックビデオ ■CSV渋谷運営のオリジナルレーベル「1ℓ RECO

    CSV渋谷について知ってることすべて|bxjp
  • 東京(仮): Soft Rock

  • 昭和歌謡の年齢は?本名は?身長は? 家族関係についても徹底調査!|bxjp

    2017年8月、ネット上の記事がもとになり「昭和歌謡」についてちょっとした騒動があったのをご存知ですか? 昭和歌謡とはその名のとおり「昭和の時代に作られた歌謡曲」のことで、明治歌謡・大正歌謡の次に作られた歌謡曲です。ここではそんな昭和歌謡についてワタシ自身もいまいちわかっていなかったので調べてみました! 「昭和歌謡」騒動の経緯は?2017年8月24日に柴那典×大谷ノブ彦による対談記事「ヒップホップ警察を追い返せ!!【ゲストぼくのりりっくのぼうよみ】」が期間限定で無料公開されました(今はもう無料では読めません)。 この記事の中で、音楽ライターの柴那典さんが〈どうやら「昭和歌謡」って、僕が最初に雑誌で使った言葉らしい〉と発言しました。これは輪島裕介さんの新書『創られた「日の心」神話』(光文社新書/初版2010-10-20)というにそう書いてあるそうです。「昭和歌謡」という言葉をデータベース

    昭和歌謡の年齢は?本名は?身長は? 家族関係についても徹底調査!|bxjp
  • [nmpZINE001] 佐藤秀彦 / 蒸気波要点ガイド (7/12OUT!)

    初?のvaporwaveガイドZINEが登場! 2013年からネット上にバラ撒かれた幾多の音源データから(約)100枚を厳選!国内音楽雑誌が取り上げないインターネット・ミームの氷山の一角がいまここに…!vaporwave入門書にも最適。 Genre that occurred on the Internet from around 2013 … I can also say the concept “vaporwave”.At that time in Japan, although it was taken up in a limited number of media, there was no longer being picked up afterwards, and in Japan it was lightly depressed as a “dead” movement.

    [nmpZINE001] 佐藤秀彦 / 蒸気波要点ガイド (7/12OUT!)
  • 日本におけるLAFMS受容史(20世紀編)|bxjp

    イントロLAFMSという存在に強く惹かれるようになったのはそんなに昔のことではない。自販機『Jam』や『HEAVEN』のバックナンバーを古屋で買い漁り、そこに書かれた1980年前後の日の地下文化情報を読んでいた時のことだったと思う。科伏という人物による音楽記事に大々的に登場するミュージシャン達は、どんなロックの教科書にも載っていた記憶がなかった。一般誌で見かけるロンドンやニューヨークとは違う、アメリカ西海岸のパンク/ニューウェイヴがここで強調される意味。特にLAFMSとは、日のアヴァンギャルド/オルタナティヴ/フリー・ミュージックにどれほどの影響を与えたのか。興味はその一点に集中した。 LAFMSを研究するにあたって、まずは基礎資料となるものを作らなくてはいけないと考えた。その途中経過の報告というのが今回の主旨である。初期の文献は入手困難な場合が多く、どこまでフォローすべきか迷った

    日本におけるLAFMS受容史(20世紀編)|bxjp
  • TKが宇多田ヒカルに引導渡されたとコメントしていますが、両者は何がどう違って、TKはそのように思ったのでしょうか。 | ask.fmhttps://ask.fm/polytope

    About polytope: Nothing here yet polytope photo gallery: Nothing to show here at this time 感覚的には速攻で分かるのですが、言葉にしようとすると難しいですね。長くなるので時間があるときに読んでください。ワタシの回答としては、オリコンチャートにも通用するR&Bのグルーヴを90年代のTKは作れず、宇多田ヒカルは作れたということでしょう。trf「Overnight Sensation」と宇多田「Automatic」を聞き比べればわかると思いますが、TKはどこまで行ってもタイミングがほぼジャストなんです。でもR&Bのグルーヴというのはゆらぎ・ずらし・間が必要です。頑張ったのは安室奈美恵「Don't wanna cry」ですが、やはり甘すぎる。 TKはロックや4つ打ちのグルーヴを作ることはできました。ただTKは

    TKが宇多田ヒカルに引導渡されたとコメントしていますが、両者は何がどう違って、TKはそのように思ったのでしょうか。 | ask.fmhttps://ask.fm/polytope
  • ZOO

    Zoo Magazine was published in Zoo. cover info contents

    ZOO
  • 日本のテクノ史199X テクノはいかに聴かれ、作られ、語られたのか?|bxjp

    このテキストは1990年代の日のテクノの歴史を史料から辿ったものです。数年前に発売予定だった某音楽書籍に収録されるはずでしたが、結局出ないまま時間が過ぎました。お蔵入りさせるのももったいのでnoteに出してみます。文中で「書」と言っているのは、そののことです。「出る予定だったけど出なかったを読んでるんだな……」という気持ちで読んでください。約2万字です。 見出しだけ先に抜き出します。2000年代以降は言及してません。 ■「日のテクノ」とは何か ■1988年、テクノとセカンド・サマー・オブ・ラヴの誕生 ■日におけるDJブームとデトロイト・テクノの輸入 ■メディア上の認知とDELICのテクノ化 ■ハードコア・テクノ旋風とジュリアナTOKYO開店 ■テクノポップ再評価からYMO再生へ ■90年代東京テクノ・シーンの胎動 ■ケン・イシイの登場による国内シーンの活性化 ■電気グルーヴの『

    日本のテクノ史199X テクノはいかに聴かれ、作られ、語られたのか?|bxjp
  • 【月刊BARKS 藤井丈司連載対談『「これからの音楽」の「中の人」たち』】第2回 ばるぼら編Vol.1「1998年から1885年へ」 | BARKS

    【月刊BARKS 藤井丈司連載対談『「これからの音楽」の「中の人」たち』】第2回 ばるぼら編Vol.1「1998年から1885年へ」 連載第2回は、前回に続いて「ボカロ」についての対談です。 10代や20代前半には、爆発的に人気のあるボカロですが、 四十代以上には、ほとんど音楽として認知されていないという、 情報速度の速いこの国にしては、ちょっとめずらしい状況が起きています。 初音ミクが出てきてたった6年で、こんなに大きな音楽シーンが生まれたのはなぜなのか、 そしてそれが、なぜフツーのオトーサンたちには、 「あぁボカロね...」ぐらいにしか認識されていないのか。 今回は、『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』や『消されたマンガ』(共著)などの作者である、ばるぼらさんに登場してもらい、ボカロを生み出すに至った、主に90年代からゼロ年代前半までの、ネットの中のさまざまなサブ

    【月刊BARKS 藤井丈司連載対談『「これからの音楽」の「中の人」たち』】第2回 ばるぼら編Vol.1「1998年から1885年へ」 | BARKS
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