「ジュリアスはとてつもないエネルギーの源だった」「彼はどこまでも音楽的な人間で、僕たちはみんな彼のキレを気に入っていたよ」——ネッド・サブレッド - ティム・ローレンス『アーサー・ラッセル ニューヨーク、音楽、その大いなる冒険』(2010年、スペースシャワーネットワーク / 翻訳:山根夏実、監修:野田努)より引用 ジュリアス・イーストマンは、1970、80年代を中心に活動したブラッククィアの作曲家、マルチインストゥルメンタリストだ。現代音楽、ポップ、ニューウェーブ、ディスコ、フォークソングまでをも越境した鬼才アーサー・ラッセルとの出会いを通じて、ニューヨークのゲイ・アンダーグラウンドシーンに根差したディスコミュージックと接点を持つようになるも、その出自を前衛的なクラッシックミュージックに持つ。 当時、ほとんどが白人だった現代音楽、ミニマルミュージックの世界で、黒人のイーストマンは異彩を放っ