ある夏の夜のことだった。 その日は比較的涼しい風が吹いていて、縁側に持ち出したロッキングチェアに体を預けてうとうとするのにもってこいの気候だった。大正時代の趣が残る石州瓦屋根の街並みに香る潮風を感じながら、温泉津佐間は夢とうつつの間で心地よくたゆたっていた。 彼女は一日の半分近くをこうして微睡んで過ごす。地元の温泉地を盛り上げるべく鼻息が荒い多くの温泉むすめと違い、恬淡として仙人のような毎日を送っている佐間は特異な存在だった。 「おい佐間、起きよ」 と――潮風に乗って、彼女の名を呼ぶ声がした。 四百年の永きにわたり聞き慣れた声である。佐間はまぶたを重たげに開いて、かの名を呼び返した。 「……んぅ。スクナヒコさまですか~?」 「夏でも温泉津にはいい風が吹くのう。どうじゃ、一杯」 見ると、少年のような背格好をした人影が佐間に向かって徳利を掲げている。 日本の温泉むすめを統括する天上神・スクナヒ