@product1954 明治維新から27年後の戦争は日清戦争。日露戦争は明治37年から38年まで。こんなことは中学生でも知っているのに。この二人、大日本帝国を誇りに思っているはずですが、そのハイライトともいうべき出来事についての正確な知識もないんですね。びっくりしました。
長崎市が、世界文化遺産となった端島炭坑(通称・軍艦島)について、「島民は、一つの家族のようであったといわれている」とする文書を策定し、観光部局などに配布したことが6日、分かった。軍艦島をめぐっては朝鮮半島出身者も徴用されたことで、韓国メディアは根拠もなく「監獄島だ」と登録にいちゃもんを付けたが、市は元島民からの聞き取りを基に韓国側のレッテル貼りを一蹴した形だ。(奥原慎平) 文書は内閣官房の監修も受け、「明治日本の産業革命遺産(基本事項)」の名称で3月10日付で策定した。産経新聞が情報公開請求で入手した。 軍艦島だけでなく、市内にある「明治日本の産業革命遺産」の構成施設8つについて、歴史的な意味づけや観光客へのPRポイントなどをまとめた。市がパンフレットなどを策定する際の資料とするほか、外部からの問い合わせへの返答の参考とする。 「明治日本の産業革命遺産」をめぐっては、23施設のうち7施設に
就活のグループディスカッションでバームクーヘンが好きだという男の人と知り合った。 彼は自己紹介の場で、 「安物のバームクーヘンしか食べたことがなく、バームクーヘンが嫌いだと言う人はぜひ美味しいバームクーヘンを食べて欲しい」 「ユーハイムのような、ベーシックなものでも違いがわかる」 「自分は別のもっと美味しいところを知っているので興味がある人はあとで来たら話をする」 といった話をした。 私は甘いもの全般が好きであるが、バームクーヘンという繊細な食べ物について、味の違いを語ることはできない。 オーソドックスな甘味について語れる人と出会えたことに私の胸は高鳴った。 グループディスカッションが終わり、私は彼に話しかけた。 「さっきの話だけど、どこのバームクーヘンが美味しいの?」 彼は答えた 「ねんりん家のバームクーヘンは美味しいよ」 -知ってる。 「あとはCLUB HARIEかな」 -知ってる。
大放言 (新潮新書) 作者: 百田尚樹出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2015/08/12メディア: 新書この商品を含むブログ (10件) を見る新潮新書『大放言』(百田尚樹)のカバーには下のような紹介文が書いてある。 思ったことや軽いジョークを口にしただけで、クレーム、バッシングの嵐。求められるのは人畜無害な意見ばかり。こんな世の中に誰がした! 数々の物議を醸してきた著者が、ズレた若者、偏向したマスコミ、平和ボケの政治家たちを縦横無尽にメッタ斬り。炎上発言の真意から、社会に対する素朴な疑問、大胆すぎる政策提言まで、思考停止の世間に一石を投じる論考集。 今こそ我らに「放言の自由」を! 本書を一読して印象に残るのは、百田尚樹氏の被害意識だ。彼は自分が正しいことを言っているのに、いや正しいことを言っている故に迫害を受けていると考えているのかもしれない。しかし、百田氏の方が彼に対する批判者よ
Filed under neta Posted on 2015/05/12 火曜日 - 22:02:59 by admin You can leave a response, or trackback from your own site. http://macska.org/article/426/trackback/ 80 Responses - “古森義久氏「歴史学者187人の声明は反日勢力の『白旗』だった」を検証する” SingleCarb◎放送法違反に罰則を (@SingleCarb) Says: 2015/05/13 - 05:01:51 - 部分翻訳をまな板に上げて「どちらの鮮度が上か」を比べるのではなく、「お品書き全体の流れが変わったのか否か」について、部分翻訳とは別の視野で、意見の異なる論者達全体で、検証し合う機会も必要だと思います。その意味では、古森氏による「評価」にも
朝日が“言挙げ”報道 歴史認識をめぐる中国や韓国の対日非難が続く中、NHK経営委員の「南京大虐殺はなかった」とする発言が日本の一部マスコミで問題視された。 今月4日付朝日によれば、同委員の百田尚樹氏は東京都知事選候補の応援演説で、こう語ったという。 「1938年に蒋介石が日本が南京大虐殺をしたとやたら宣伝したが、世界の国は無視した。なぜか。そんなことはなかったからです」「極東軍事裁判で亡霊のごとく南京大虐殺が出て来たのはアメリカ軍が自分たちの罪を相殺するため」 朝日は、これに百田氏の憲法改正を支持する発言なども合わせて報じ、「経営委員としての立場を無視している」などと批判するメディア論の学者らのコメントを載せた。 案の定、中国外務省の報道官は翌5日、「(南京大虐殺は)日本軍国主義が侵略戦争の中で犯した残虐な犯罪行為で、国際社会では定説だ」「日本国内の極めて少数の人たちが歴史を抹殺しようとし
「城内は空っぽでした。兵隊どころか、住民も、誰もおらんでした」 南京攻略戦に参加し、昭和12年12月13日の陥落後に南京城に中華門から入城した元陸軍第6師団歩兵第47連隊の獣医務曹長、城光宣(じょうこうせん)(98)の目の前には、無人の市街地が広がっていた。 少し前まで、門をめぐって日中両軍の激しい攻防戦が繰り広げられていたが、壊滅状態になった中国軍兵士が城外へ一斉に逃げ、城内は一転して静寂に包まれていた。中に入ると、厚さが約40センチもある門扉の内側に、進入を阻むための土嚢(どのう)ががっちりと積まれていたのを覚えている。 南京城の広さは約40平方キロメートル、JR山手線が囲む面積の3分の2程度だ。城内には、れんが造りの平屋の民家が多かったが、どれも無人だった。住民らは城内に非武装中立地帯として設けられた「安全区」に逃げ込んでいた。 「無抵抗の民間人を殺すのが虐殺。だが、人がおらん以上、
ご好評いただいている「歴史戦」も第4部を数えました。今回は、田北真樹子記者がスイスに飛び、国連欧州本部の自由権規約委員会で行われた慰安婦論議をじっくりと取材しました。 浮き彫りになったのは、国連が「慰安婦イコール性奴隷」といったプロパガンダ(宣伝)浸透に利用されている実態です。 日本政府代表は委員会で、「性奴隷は不適切な表現」などと反論しましたが、委員から慰安婦募集の強制性を認めた河野洋平官房長官談話との矛盾をつかれ、防戦一方でした。 河野談話の罪深さを改めて実感しますが、一筋の光明もありました。これまで左派の活動家しか顔をみせなかった会場に普通の主婦たちがかけつけ、声をあげ始めたことです。国際社会では、沈黙は金ではありません。小紙も引き続き、誤った歴史認識に異議を申し立てていきます。(編集長 乾正人)
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