満洲のみなさま。 私の名前は、きっとご存じ無い事と思います。私は、日本の、東京市外に住んでいるあまり有名でない貧乏な作家であります。東京は、この二、三日ひどい風で、武蔵野のまん中にある私の家には、砂ほこりが、容赦(ようしゃ)無く舞い込み、私は家の中に在りながらも、まるで地べたに、あぐらをかいて坐っている気持でありました。きょうは、風もおさまり、まことに春らしく、静かに晴れて居ります。満洲は、いま、どうでありましょうか。やはり、梅が咲きましたか。東京は、もう梅は、さかりを過ぎて、花弁も汚くしなび掛けて居ります。桜の蕾(つぼみ)は、大豆くらいの大きさにふくらんで居ります。もう十日くらい経てば、花が開くのではないかと存じます。きょうは、三月三十日です。南京に、新政府の成立する日であります。私は、政治の事は、あまり存じません。けれども、「和平建国」というロマンチシズムには、やっぱり胸が躍ります。日
潤一郎・荷風 この頁は、耽美派の巨匠、永井荷風・谷崎潤一郎研究サイトです。論文、エッセイなどがあります。 ・遅々として作業が進まず、過去に書いた論文のアップが遅れていますが、徐々に充実させていくつもりです。申し訳ありません。 永井荷風と谷崎潤一郎の交友関係 ー「断腸亭日乗」よりみた二人ー 一、はじめに 永井荷風と谷崎潤一郎との交友関係は、永井荷風の推挽によって華々しく世にで、耽美主義を自己の文学観となしていたわりには、生涯、面会も恐らく十数回程度、水魚の交わりに終始した感が否めない。早稲田大の中島氏は、そこに、美しき神話を貫徹させるような心理的なメカニズムが働いたのではないかと推察する。稿者はこの説に賛同する。そこで、本稿は、二人の交友関係を「断腸亭日乗」に見える谷崎の記述をリストアップすることで具体的に確認したものである。 一、荷風と潤一郎の出会い 初対面は、谷崎潤一郎「青春物語」(昭和
永井 荷風(ながい かふう、1879年〈明治12年〉12月3日 - 1959年〈昭和34年〉4月30日)は、日本の小説家。本名は永井 壯吉(ながい そうきち)。号に金阜山人(きんぷさんじん)、断腸亭(だんちょうてい)ほか。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 東京市小石川区(現在の文京区)出身。父・久一郎は大実業家だったが、荷風は落語や歌舞伎の世界に入り浸った。父は荷風を実業家にするために渡米させるが、荷風はアメリカ駐在を経てフランスにも滞在、同時代のフランス文学を身につけ帰国した。明治末期に師・森鷗外の推薦で慶応義塾教授となるが、江戸文化を無秩序に破壊しただけの幕末維新以後の東京の現状を嘆き、以後は、江戸期の戯作者的な態度を装った生涯を貫いた。 生涯[編集] 6歳の永井 幼年から少年時代[編集] 永井久一郎と恒(つね)の長男として、東京市小石川区金富町四十五番地(現:文京区春日二
vol.7はこちらをご覧ください。 昭和十二年、『濹東綺譚』の刊行後、永井荷風は、ほとんど小説を書いていない。 還暦を迎えた昭和十三年二月に『おもかげ』、四月に『女中のはなし』を執筆した後、浅草オペラ館のための脚本『葛飾情話』、十四年に『下谷叢話』の改訂版、十五年三月『すみだ川』が小川丈夫の脚色によりオペラ館で上演されるという具合でほとんど筆を折ったに等しい状況であった。 母が死去した際(昭和十二年九月)にも、弟と顔を合わせる事を厭うて弔問しなかった程、狷介も昂進している。 とはいえ、その状況にたいして寂しさを感じさせないのは、やはり『断腸亭日乗』が書き継がれていたからだろう。その内容は時勢の傾きに抗するようにして、日々厳しさを増していく。 「今日我国の状態は別に憂慮するに及ばず。唯生活するに甚不便になりたるのみなり。今日わが国に於て革命の成功せしは定業なき暴漢と栄達の道無かりし不平軍人と
『濹東綺譚』 は昭和11年に脱稿し、翌年に発表された小説。主人公の作家 《わたくし》 こと大江匡が、隅田川の東側、玉ノ井という街の私娼窟へ通うという話である。 麻布から玉ノ井まで 《わたくし》 が住んでいるのは 「麻布御箪笥町」 と書かれている。これは現在の首都高速谷町ジャンクション周辺にあたる場所である。当時の東京市街地図を見ると、麻布から玉ノ井までというのはほとんど東京の南西の端から北東の端まで移動するのに等しいのであって、近所のラディオの音がうるさいからちょっと散策に出た、というような代物ではないのだ。 では、麻布から玉ノ井まで、《わたくし》 はどういう経路で通ったのか? http://homepage1.nifty.com/chi-anzu/toden/toden_index.html 麻布箪笥町停留場から市電に乗れば、新橋まで一本である。地下鉄(銀座線)は昭和9年に新橋まで開通し
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