また1人、仲間が山で逝(い)ってしまった。ヒマラヤから帰国したその日に栗城史多(くりき・のぶかず)さんの訃報(5月21日、35歳で死去)が報じられた。エベレストを単独無酸素で挑戦中の遭難だった。 4月下旬、ベースキャンプ手前の氷河の中で栗城さんとすれ違った。その日はうっすらと粉雪が降り、霧に覆われるモレーン(氷堆石)の彼方(かなた)から影が現れた。栗城さんだった。その日の栗城さんは、とても小さく見えた。「健さん、元気そうですね」と小さな声が聞こえた。言葉の代わりに息遣いによる会話が続く。手を握り「無事に降りてきてね」に「うんうん」と小さくうなずいていた。 別れ際、遠ざかっていく栗城さんの後ろ姿をカメラに収めようと構えたが、シャッターを押せなかった。その行為自体に意味をもってしまうことが怖かったのだ。「いつも通り戻ってくるさ」とつぶやいてみたが、その言葉が霧とともにモレーンの彼方に消えていく