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電脳コイルに関するsadnのブックマーク (2)

  • SUKEBENINGENSUKEBENINGEN つまり電脳コイルがオタクの限界だって事に、いい加減気付けよ。

    ホラ、居るじゃないですか?「如何に電脳コイルというアニメが素晴らしいか」を、ネットで吹聴して廻る「作画オタク」というモイキー過ぎる人たちが。 彼等は主流派である「萌えオタ」を目の敵にしている。「アイツらは低レベル。自分達こそ物を見極められる真のオタクだ」そう完全に信じ込んでいる。彼等にとってオタクコンテンツとは「一般人に対し自分が優越感を感じる為だけにある装置」でしかなく、最終的に「アートの末席」あたりに加えてもらえれば、きっと大満足なのだ。 でも自分はそこをゴールだとは思っていない、だからあなた達の価値観というのを断固拒絶する。 そしてあなた達は当にバカ。 アートの世界にオタクは永久に入れてもらえない。きっと死ぬまで外様扱いされて、ひたすら搾取をされるだけに決まっている。 だから自分は「ポストアート」というゴールを設定した。オタクという言葉自体がアートと等価値、或はそれ以上になる為の

  • 『電脳コイル』の元ネタ発見?! - 法華狼の日記

    以下の画像は、『ドラえもん』41巻184頁、[深夜の町は海の底]より引用。 「架空水体感メガネ」を着用し、「架空水面シミュレーター・ポンプ」を使用している場面だ。 見ての通り、メガネを着用することで架空の水を見ることができるという道具だ。電脳メガネと異なるのは、水を視覚や聴覚のみならず触覚等でも感じ、さらには実際の水中のように泳いだりもできる点。 以降、水面が二階建ての屋根くらいまで上がり、人知れず水没した町をのび太達が楽しむ展開が始まる。イリーガルな存在によるサスペンスもあったりして、ドラえもん後期では中々の佳作だ。巻末作品であるだけでなく、イメージカットが扉に使われたりまでしている。 見比べると、『電脳コイル』が都市水没をやらず、イリーガルを育てる少年*1という展開にしぼったのは正解だったな、と思った。すでに十年以上前の作品でやりつくしていた表現であり、いくら映像に力を入れても既視感が

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