タグ

仕事と漫画とweb漫画に関するu-liのブックマーク (4)

  • 竹書房退職エントリ|竹村響 Hibiki Takemura

    2000年、バブルがはじけ切って就職氷河期が始まった頃。 ぼくは大学生をやっていた。 就職協定というものがあって、学生は就職活動するのは4年生、関西では4回生と呼んだけど、になってからね、と言われていたのが突然、ぼくが3回生になった途端、はい今から就職活動です!と叫ばれて、何かその真似ごとみたいなのはしたけれど、そもそも求人は少ないし、その少ない求人の中でたいしてやる気のない学生を採用するような会社はもちろんないし、結果ぼくはスムーズにニートになることに。 しかし、大学卒業直後のニートとは大学時代のゴロゴロした生活から大学を抜いたものでしかなくて、ぼくの大学生活とは漫画麻雀とバンドとバイトと単位でできていたから、バンドもバイトも辞めたぼくは、仕事もないんだからバイトは続けろよとはすごく思うのだけれど上手いことできているのかどうか卒業を控えて家族経営だったバイト先が家族ごと夜逃げして潰

    竹書房退職エントリ|竹村響 Hibiki Takemura
    u-li
    u-li 2020/10/01
    いい文章 “大人たちは誰も使ってないけど子どもはみんな使っている系のサービスはいつの世でもアツい”
  • 第8回 中国に見る新しいマンガ・コンテンツの波

    改革は「周縁」から起きる 多くの場合、大きな変革は中心からではなく周縁から始まる。マンガ産業も同じである。 思えば戦後の日マンガの変革は出版の中心地・東京からではなく、大阪から始まった。戦後まもなく手塚治虫を祖として始まった「ストーリーマンガ」は、中央からは「赤屋」という蔑称で呼ばれた大阪の零細出版社から生まれた。中央でマンガが子ども向け雑誌の1ページか2ページくらいのボリュームしか使えなかった時代、大阪ではマンガ単行が中心だった。つまりストーリーを語るために必要なボリュームがあったのだ。 仮に手塚治虫が東京の雑誌でデビューしていたとしたら、彼は凡庸な子どもマンガの作家に終わっていたかもしれない。デビュー間もない手塚が、単行デビュー作の『新寶島』(酒井七馬との合作)を引っさげて上京したとき、東京の大家のひとりは「これはマンガではない。こんなマンガはあなただけにしてほしい」と言った。

    第8回 中国に見る新しいマンガ・コンテンツの波
    u-li
    u-li 2019/04/17
    “テンセントコミックで配信される場合は、広告収入の一定割合がマンガ家に支払われる” “テンセント・ピクチャーズがあり、企画段階からハリウッドでの映画化も視野に入れている”
  • 「WEB媒体から本にする時、印税5%、描きおろし有りの漫画家が多い」「それ、超悪条件です!」

    自分も、出版業界の印税の相場とかはよく…いや全く知りません。ただ、そんな中での一情報として。「WEBで話題→紙のになりました!」が珍しいことじゃなくなっている今こそ「相場」の情報も共有されていくといいのではないでしょうか。

    「WEB媒体から本にする時、印税5%、描きおろし有りの漫画家が多い」「それ、超悪条件です!」
    u-li
    u-li 2018/05/07
    “自分たちが育てたわけでもない、しかも人気のほどはWEB上で既に出ているのでリスクが低いのにその条件” “本が売れなくて打ち切りだったら自主媒体の連載も打ち切りにしないといけないみたいな契約結ばされる”
  • 『とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話』(佐倉色)試し読みページまとめ

    2017/6/9に飛鳥新社より発売したコミックエッセイの試し読みページをまとめました。 (関連) ●単行に出てくる情報まとめ →https://togetter.com/li/1119129 続きを読む

    『とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話』(佐倉色)試し読みページまとめ
    u-li
    u-li 2017/06/12
    色紙の人か!
  • 1