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いいはなしと震災に関するstealthinuのブックマーク (3)

  • カルビーら、震災遺児に年間300万円を28年支援…「返済不要」に涙する親も (Business Journal) - Yahoo!ニュース

    のりのきいたワイシャツにピカピカの革、そして、擦れだろうか、少し履き慣れない様子で歩く若者たち。ちょっと大きめのトートバッグに、明るめ清楚メイクの女性など、この時期はいかにも「新生活を始めました」という人たちを街中や電車内で見ることができる。 春は、まず別れがあり、そして新たな出会いが待つ。そう約束されていたはずだった。しかし、5年前の3月11日、卒業シーズン真っただ中での予期された別れだけでなく、予期せぬ別れを連れてきたのが東日大震災だ。 「看護師の専門学校への入学が決まっていて、入学金もすでに支払っていました。でも、あの日から父が帰ってきません。家がなくなってしまい、働き手の父も亡くした。あの時から、機能はすべてストップ。体育館に身を寄せる中で、私1人が地元を離れて学校に通うなんてことはできませんでした」 そう語る日向さん(仮名)は、学校に1日も通わず、地元で残された家族と

    カルビーら、震災遺児に年間300万円を28年支援…「返済不要」に涙する親も (Business Journal) - Yahoo!ニュース
    stealthinu
    stealthinu 2016/05/18
    すばらしい。なんでこういうのの報道はあんまりされないのかね?「ロート製薬、カルビー、カゴメ」とりあえずポテチ食うわ。
  • 震災から2年。エステーの、ちょっといいお話 ちょっとじゃありません、ものすごくいいお話|新聞・週刊誌「三面記事」を読み解く|ダイヤモンド・オンライン

    奥尻島を震源地に、北海道南西沖地震が発生したのは一九九三年のことだった。 阪神淡路大震災が起きる二年前だが、津波を伴い、死者二〇二人、行方不明者二八人を出したこの地震は、三宅島や雲仙普賢岳の噴火と並び、当時としては近代における大惨事のひとつとして報じられた。 その奥尻島の現地取材に、残念ながら私ではなく先輩のライターが赴いた。 月刊誌に長いルポを書く予定で、先輩は、十日ほど現地に滞在し、帰京して急ぎ原稿をまとめる計画を練っていたが、先輩は帰って来ない。入稿日という名の〆切が近づき、そろそろ戻らないとまずいという時期になっても、先輩からは電話一かかってこなかった。 至極当然の流れで、担当編集者は焦り、やがて苛立ち始める。どうなっているんだあいつは、もう〆切じゃねえか、と別の取材をしていた私までがどういうわけか叱られる始末だ。 結局、先輩は印刷所を待たせ……、印刷所の輪転機を止めたり待たせた

    stealthinu
    stealthinu 2013/03/18
    あの消臭力CMってそういう経緯で作られたのか。全く知らなかった。そして一般向け放射線測定器は完全に赤字での販売とのこと。
  • ひきこもりのくせに被災地へボランティアにいってきた:ハムスター速報

    ひきこもりのくせに被災地へボランティアにいってきた Tweet カテゴリ☆☆☆☆☆ 1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/29(木) 20:26:23.50 ID:7uNeAzZj0 なんとなく書きたくなったので、スレタイの通りのひきこもり糞クズニートがボランティアにいった話を書いていこうと思う 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/29(木) 20:28:25.60 ID:Q58pSypF0 えらい! 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/29(木) 20:29:18.57 ID:xLjrNZTh0 お母さんのボランティアもしてやれよな 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/09/29(木) 20:31:44.44 ID:7uNeAzZj0 まずは落ち

    stealthinu
    stealthinu 2011/09/30
    ひきこもりだった人が被災地へボランティアに行って社会復帰された話。…とだけまとめると良くありがちな話に感じるが、やはり読むと感動する。
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