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学校について いじめ被害で自殺した生徒・児童のいた学校の校長が言う「尊い命を失った悲しみ」とか「生命の大切さを伝えていく」とかの決まり文句や美辞麗句を聞くたびにイラッとする。 教職員は子ども達の命が尊いなんて1ミリも思ってないだろ、と。 教職員と教育委員会の連中は自己保身しか考えてないだろ、と。 もし本当に生徒・児童の生命や心身の健康が大事だと考えているのなら、いじめ製造機関である学校を廃止したほうが良い。 いじめ被害を受けている子供にとっては、学校が危険地帯なのだから、「学校に行かない」という選択はアリだ。 生きづらさ いじめ被害に遭って自殺した子ども達のメッセージは何だろう?と考える。 「生まれてきたけど、この世界に生きたいとは思わない。そして、現世は今後も生き続けたいと思えるような場所ではなかった。だから、あの世に帰ります。さようなら」 というメッセージなのかもしれない、と想像する。
これまでの自殺研究でわかっていることがある。自殺を誘発する要因だ。 大きいのは、人とのつながりがないこと、「自分の居場所がない、だれも自分を必要としていない、生きていることは迷惑になる」という感覚を持ってしまうことにあると言われている。 職場や学校でのいじめ、不登校、家族、人間関係の問題……。居場所がない、と思ってしまうリスクは誰にでもある。 安心して「死にたい」と言える場所があるということは、「だれかが自分を受け止めてくれる場所」があるということだ。 「死にたい」を削除するより大事な対応がある《ネット上の「死にたい」を放置した結果、SNSで「一緒に死のう」と言ってくれた人こそが「私の理解者だ」と思ってしまう。その可能性はありえると思います。 これだけSNSの影響力があるということは、SNSは一つの世間であり、社会です。 ここで事件に巻き込まれるというリスクがあるというのは事実です。 しか
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