タグ

表現と人生に関するyuhka-unoのブックマーク (4)

  • オリンピックに間に合わなかった僕たちは|宇野常寛|note

    今日は今更だけどオリンピックのことについて書きたいと思う。僕のInstagramを見ている人は気づいていると思うけれど、この夏の僕は朝ではなく夜にランニングをしていた。その結果カブトムシには会いそびれ、代わりにタヌキに遭遇したのだけど、以下に掲載したのはこうした夜のランニングで撮影した国立競技場の写真だ。基的に新国立競技場の周辺は関係者以外立ち入り禁止になっているのだけれど、ここだけは外壁ギリギリまで近づくことができる。もちろん、その前には警備の警察官がウロウロしていて、とても落ち着かない場所になっている。そして、僕はこの写真をあの日にーーオリンピックの閉会式が行われたあの日の夜に撮影している。そう、これはつい数時間前までオリンピックの閉会式が行われていた新国立競技場の写真なのだ。 そして、僕はこの写真をすぐにある友人に送った。彼とはその直前まで閉会式の中継を見ながら、やっぱり悔しいよな

    オリンピックに間に合わなかった僕たちは|宇野常寛|note
  • ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

    Lesson618 友は恋よりうつろいやすく 4 友情について、 たぶん、私が今日言いたいのは、 「ヒエラルキーなんてぶっとばせ!」 ということなのだと思う。 小さいこどものころは、 ただ近所というだけで、 みんないっしょくたになって遊んでいた。 私とTちゃんもそうだった。 それが中学にあがる前後くらいから 差がつきはじめ、 幼児体型から、少女、そして大人の女性へと 見た目がどんどん変化していく時期に、 Tちゃんは手足がすくすく、長く伸び、 スラリとしたモデルのような体型になっていった。 中高のころは、同質の人どうしがつるむ。 スター的な女の子は、やっぱり、 スタイル抜群で、運動神経も、 顔もいい女の子どうし群れていて、 気がつくとTちゃんは、そのトップグループにおり、 めっちゃ、近寄りがたい存在になった。 認めたくはなかったが、 そのモテモテチームを頂点に、 女子グループのヒエラルキーが

    yuhka-uno
    yuhka-uno 2013/01/14
    “何も表現しなければ、ただ見た目とか、年齢とか、学歴とか、外側の条件でどんどんくくられ、輪切りにされ、序列化されてしまう。”心のバリアが取れると、バリアフリーになるのかも。
  • 誰も君のことなんか見てない。 - CNTR - Community Magazine

    夏の尻尾が見えてきた。夜風が涼しく気持ちのよい睡眠が過ごせるこの季節。 ふと、この言葉を思い出す。 「誰も君のことなんか見ていない。」 これは僕が今の自分たる原点でもある気付きだ。今日は学生の皆へ届けるブログにしようと思う。 僕は札幌の隅っこのど田舎で高校を卒業し、大学で京都に移り住んだ。 4年間通った大学は、入った時は賢くても卒業したら馬鹿になってる、なんて影で言われるような学部で。 物凄い数の入学生がいることでも有名な大学だ。ちなみに僕は賢くもないので卒業したら、どうなってしまうのか不安でしょうがなかった。そんな19歳。 隣に並ぶ同学年の学生だけでも下手すると1000人以上いたと思う。 色々な地方から出てきて訛りもバラバラでラーメンへのこだわりは地方ごとに違って、日文化をごった煮にしたようなカオスな学部だった。たぶん、僕がいた学部だけじゃないけれど。 皆、色々なサークルへ入るのを横

    誰も君のことなんか見てない。 - CNTR - Community Magazine
    yuhka-uno
    yuhka-uno 2012/09/20
    私には「人にものを聞けない・自分から誘えない」という弱点がある。もう母は見ていないしいじめられてもいないってわかってるんだけどね。
  • ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

    Lesson572 足のある表現 よい文章とはなにか? 正解はない問題で、 自分自身の定義も移り変わっていくが、 まちがいなく、いま、 私が魅かれるのは、 「足のある表現」だ。 大学の授業でも、社会人の講座でも、 私は、最後の回に、 「山田ズーニー賞」 を1人、独断で決めて 表彰している。 あすの表現者を励ます賞だ。 2012年1月、 私が、この半期で、 もっともよい表現者に選んだのは、 学生のほうも、社会人のほうも、 偶然にも、 こどものころ虐待を受けていた。 虐待と書いてどうもしっくりしない。 2人とも、 主題はそこにない。 言いたいことは他にある。 2人それぞれちがう、かけがえない個性・世界観で、 それぞれ別の主題を伝えている。 2人とも決して、 「辛かった過去の私をわかってくれ」 とは言わない。 「昔こんなにつらいことがありましたが、 いまは努力してこんなに成功しました」 というサ

    yuhka-uno
    yuhka-uno 2012/05/30
    "もっとも書きたいことは、 もっとも書きたくないことの近くにあることが多い。"
  • 1