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ブックマーク / kawango.hatenablog.com (12)

  • 高木浩光氏の通信の最適化と通信の秘密についての議論 - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    3年前に高木浩光氏が携帯電話会社の「通信の最適化」が「通信の秘密」違反であるという問題提起をして、ネット上で大変な話題を集めた。その際に私も議論に参加をし、通信の最適化の批判に通信の秘密を持ち出すのはスジが悪いということで異論を唱えて、高木氏とやりあった。 その当時の私の主張はいまも変わってなく、当時も間違ったことは、言ってなかったつもりですが、残念ながら、ネットで論争をみていたネットユーザーの大半は高木氏の主張が圧倒的に正しいと判断したようだ。 今回、改めて高木氏が同様の問題提起をしたブログを書かれている。高木氏も3年前の議論の論争相手として、私の名前と、それと後から参戦してきて私の会社の元社員でもあるshi3z氏の名前を今回の記事で挙げていた。 高木浩光@自宅の日記 - 優良誤認表示の「通信の最適化」(間引きデータ通信)は著作権侵害&通信の秘密侵害、公正表示義務を 今回は高木氏もご自身

    高木浩光氏の通信の最適化と通信の秘密についての議論 - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
  • 半匿名でぼくが決めているルール - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    大変に不意なことではあるが、先日、自分の名前と立場を明かしてネットで発言をするハメに陥った。 もちろん、これまでもメディアの取材として、自分の名前でネットに記事が掲載されることは何度もあったわけだが、メディアの取材で名前が出るのはもちろん公人として、また、仕事として出るわけだから、名前が出るのはむしろ当然だ。 しかしながら、ぼくがネットで自分の意見を発信する場合は、私人として個人の考えを自由に表明しているだけであって、会社の立場と紐付けられて解釈されるのは望まない。匿名というスタンスでの発言にこだわってきた理由のひとつでもある。 残念ながら、2018年のネットにおいて公的な立場と私的な立場を切り分けて発言するスタンスは、もはや維持することが難しい。ぼくの意見にケチをつけたいひとが、公的な立場と紐付けて解釈するということで攻撃するケースが増えてきたからだ。正直、ぼくにマイナスの印象操作を行

    半匿名でぼくが決めているルール - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
    FunnyBunnyDizzy
    FunnyBunnyDizzy 2018/05/06
    しゅき。
  • ばればれの匿名でネットをやることの意味 - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    東浩紀氏が次のようなツイートをした。おそらくは私のアカウントに対しての発言だろう。 @hazuma 今回のサイトブロッキング問題であらためて思ったけれど、川上量生さんはなんで、誰もが川上さんだと知っているのに、匿名のフリをしたアカウントで、しかも業界がらみの発言を続けているのだろう。発言力だけ持ちたいが、責任は取りたくないという、とても矛盾した態度に見えるのだが。 https://twitter.com/hazuma/status/982472259167141890 このブログの読者の多くはよく知っていると思うが、ぼくはこれまで匿名でネットでは活動しており、いくつかのやむをえない事情による例外をのぞいで自分から自分の名前を明かしたことはない。ただし、基的にばれてもかまわないというスタンスをとっており、アカウント名は怪しいし、フォローしている人間とかもカモフラージュはとくにおこなっていな

    ばればれの匿名でネットをやることの意味 - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
    FunnyBunnyDizzy
    FunnyBunnyDizzy 2018/04/07
    たまらん。
  • 情報公開の議論が難しい理由 - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    あらためていうが情報公開に反対する意見を表明するのは非常に難しい。昨日の記事のコメント http://b.hatena.ne.jp/entry/kawango.hatenablog.com/entry/2018/04/04/143826 から引用してみる。 takuver4 気持ちは分かるが、それはオープンな場で言っちゃ駄目な内容な気がする。 こういう空気はまず実際にあるということを指摘したい。他のコメントをみても、脊髄反射的にとにかくありえないと否定するひとが非常に多い。 反論というよりは、罵詈雑言のたぐいがいちばん多いのはネットの常としても、それをのぞいて、一番多くみられたのは、情報公開のコストがかかるのは民主主義のコストで受け入れるべきだというものだ。 いくつか抜き出してみる。 cript これは民主主義国家の普通に必要経費。しかもケチっちゃいけないところ。 BigHopeClasi

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  • 情報公開で国が滅ぶ理由 - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    検索用に残しておいたツイッターアカウントで、たまに呟くことがあるのだが、1ヶ月前のツイートをなにか別に気に入らないことがあったのか山一郎氏に晒されて、プチ炎上した。ネットの炎上では、前後の文脈とかまったく読まず脊髄反射で書き込むひとが大半だ。それが拡散されて、誤解、曲解が事実としてまかりとおるという性質がある。 ぼくとしては自分が発言した内容を曲げるつもりはまったくないので、切りとられやすいツイッターではなく、ここであらためて考えをまとめて書こうと思う。 さて、情報公開というキーワードは基ポジティブに受け取るひとが世の中の大半だろう。とくに権力をもっている組織に対して情報公開をしろという主張はまったくの正論に聞こえて、だれも表だって反対をできない。 ここが問題だ。実は日の今の情報公開の制度には大きな問題があって、実際に関わっているひとは、これじゃだめだと思っていて文句をいっている。で

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  • 給料なんてサイコロで決めればいい - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    今日、面白法人カヤックという会社が上場した。おめでとうございますというのは人に直接いえばいい話であって、こんなところに書きたいのはそんな話ではない。 カヤックには面白い人事制度がいくつもあるのだが、そのなかでもぼくが当に衝撃を受けたのはサイコロ給という制度で、今日はそれを紹介したい。 サイコロ給とは毎月1回サイコロを振って、サイコロの出目X1%が支給されるという制度である。1がでれば給料の1%がサイコロ給として追加で貰える。6がでると6%が貰えるわけで、最大5%の給与格差がサイコロの目によって決まるわけだ。 http://www.kayac.com/vision/style/dice このサイコロ給のねらいについては↑上のカヤックのサイトの説明文が素晴らしいのだが、要するに人間が人間を評価して給与を決めているけど、それってもともといい加減だよね、ということをいいたいらしいのだ。その初心

    給料なんてサイコロで決めればいい - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
    FunnyBunnyDizzy
    FunnyBunnyDizzy 2014/12/26
    バレないようにサイコロをグラサイにすり替えて毎回6を出すモチベーションがマッハ/社員の納得獲得ゲームなので、評価低くせざるを得なかった社員にわざとグラサイで6出させてモチベ維持とかあるんじゃないかな
  • 民主主義は本当は独裁よりもましなのか? - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    あんまりはっきりとした結論が出ないエントリであることをあらかじめお断りしておく。 ↓のような記事を読んだ。 まあ、とくに内容についてはコメントすることはないのだが、民主主義について思っていることを書く。 この記事の中では民主主義は「ひとつの価値観が暴走することを防ぐための画期的な発明である」というようなことが書いてある。そしてそれは国家統治のためには優れていてもビジネスにおいては非効率であるということが書いてある。 民主主義について、こういう類の否定と肯定が入り混じった言説はよく見る。なかでも有名なものはチャーチルの演説の中での「実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば」という一節だろう。 ぼくはこういうテーマを見ると、当のところはどうなんだろうと、すぐに頭の中で民主主義を表す力学的な数理モデルを考えたくなる

    民主主義は本当は独裁よりもましなのか? - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
  • オタクの恋愛というテーマのリアリティ(モテキ編) - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    いまさらではあるが、最近、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」(通称”あの花”)という去年のテレビアニメシリーズと、「モテキ」という、これも去年に公開されてヒットした映画を見て、いろいろ思うところがあったので書いてみる。 このふたつはアニメと実写という違いはあるが、オタクの男の子の恋愛という同じテーマを扱っている。違うという人もいるかもしれないが、そういう理解もできるんだから、しょうがない。 およそ古今東西の物語というものは所謂”お話”であり、とどのつまりは主人公が読者が羨ましがるような突然の幸運に出会う話だ。ストーリー自体が悲劇であってもこの場合は関係ない。読者が自分の暮らしている日常と比較して刺激的であり、物語の登場人物のだれかに感情移入できるのであれば、それは読者が心の中で望んでいる羨ましい世界なのだ。 だから、なんの努力をしなくても主人公に女の子がよってきてハーレム状態になっ

    オタクの恋愛というテーマのリアリティ(モテキ編) - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
  • 信頼関係を築けるひとと築けないひと - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    ぼくがどういうひとと付き合いたいか、付き合っているか、を考えてみた。 人間関係の基はお互いの信用にある。どこまで相手が自分を信用しているか、逆に自分が信用するかを値踏みすることになる。 これは意識的、無意識的を問わずにすべての人間がやっていることだ。 ぼくが仲がよくなるひとには、なぜか世間的には信用できないひとである、とか思われていることが多い。 そういう一般的に”難しい”ひとと付き合えるのはひとえにぼくの優れた人格の賜物であるとか以前は思ったりもしてたのだが、そういうわけでもないなといつの頃からか考えるようになった。 世間で油断ならないとか、自分のことしか考えないとかいって非難されるタイプの人には共通項がある。他人を信用しないということと、もうひとつそれを態度に出しているひとであるということだ。 他人を信用しないだけならともかくそれを態度にわざわざ出してしまうというのはどういうことか。

    信頼関係を築けるひとと築けないひと - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
  • 年を取るというのはどういうことか考えてみた - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    ぼくは20歳のころから老化による自分の能力の低下に対する恐怖があった。 たぶん、そういうひとはほかにも多いと思う。 いったい何歳まで自分は働けるのだろう。年を取ったときにどれぐらい能力が現実問題として下がるのかということにずっと関心をもって、自分のまわりを観察してきたのだが、現時点での結論を簡単に書いてみようと思う。ぼくの主観的な感覚なので正しいかどうかはわからないし、どの程度、一般性があるのかどうかもさだかではないが、実際のところ、年をとるっていうのはどんなかんじなのという疑問への回答のサンプルにはなるだろう。 (1)記憶力 子供の時分から他人よりも物覚えが得意なタイプのひとがいる。ぼくもそのタイプだった。特に努力をしなくてもいろんなことを覚えてしまう。 テストの点数もそこそこいい。こういうタイプは20歳を過ぎるころから記憶力の低下に苦しむことになる。 記憶力というのは分かりやすい指標な

    年を取るというのはどういうことか考えてみた - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
    FunnyBunnyDizzy
    FunnyBunnyDizzy 2012/07/03
    3年置きくらいに読み返してみたい。
  • 【ミリしら】評価経済を批判してみる - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    ニコニコ動画の人気タグに「ミリしら」というものがある。1ミリも知らないという意味で、歌ってみた動画なんかについている。ようするに原曲をまったく聞いたことないけど歌ってみたとかいう意味だ。なにしろ元々の歌い方をしらないので無茶苦茶な歌い方だったり、意外とまともだったりしてどきどきして面白い。 ネットの言い争いにも「ミリしら」は、昔からよく見る光景だ。なにも知らないのに自分の極端な意見を主張したり、逆に他人のちゃんとした主張を思い込みで決めつけて批判するひとたちだ。でも、なぜか、わざわざ自分から「ミリしら」と名乗り出るような文化はないようで、ちょっとさみしい。ということで、今回の記事は堂々と「ミリしら」と主張しながら、なにかを批判してみるという実験だ。題材は最近よく単語を目にすることが多い「評価経済」を選んでみた。 なにしろ「ミリしら」だから、これからは評価経済の時代だといっているひとたちが、

    【ミリしら】評価経済を批判してみる - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
  • この世は夢かうつつかを高校生みたいに考えてみた - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    新しいはてなブログを今回から試してみることにする。旧ブログはこちら。 最近、ぼくのまわりでは養老孟司さんの「唯脳論」がブームである。ぼくのまわりというか正確には、ぼくともうひとり某Sさんとの間で唯脳論に関する話題が熱くて、もう2ヶ月ぐらい、思い出したように繰り返し議論している。なんだか、高校生のころみたいだなあ、となかなか楽しいのだ。 このブログはだいたい文章が長いし理屈っぽいので、きっと理屈っぽいのが嫌いではないひとが多く読んでいるのだと思う。 そして理屈っぽいのが嫌いじゃないひとは、きっと、高校生のころ、同じく理屈っぽいのが嫌いじゃないクラスメイトときっといろんなテーマを議論しあったに違いない。どうして、大人になったら、こういう熱い議論ができないのか?いくつか理由を考えみると、まず、恋愛論や友情論なんかが大人になるとできないのはわかりやすい。ひとことでいうと、大人になると、こっぱずかし

    この世は夢かうつつかを高校生みたいに考えてみた - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
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