タグ

ブックマーク / sniper.jp (58)

  • 『痴女の誕生 アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』(太田出版)発売記念 安田理央×永山薫 特別対談!! - WEBスナイパー

    Imamu
    Imamu 2016/06/08
    「エロ漫画のAV実写化が増えて~AV女優の体が凄くなってるんで、漫画みたいな」「今は全然ダメで、フランス書院ですらお姉さんや熟女がリードする作風が」「麻美ゆま以降は巨乳じゃないとトップをとれない感じに」
  • ジャニーズ事務所派閥騒動とはなんなのか SMAPファンの立場から - WEBスナイパー

    2016年1月、ジャーニーズファンのみならず広く世間を震撼させた人気アイドルグループSMAPの独立騒動。現在もまだ先の見えないこの出来事について、生粋の「ジャニオタ」であるトモコさんが緊急寄稿です。 SMAPが好きだ。ずっと好きだ。今回お願いして記事を書かせてもらうくらいにSMAPが好きだ。もう20年以上好きだ。その私からあくまでも事実に基づいて派閥騒動について歴史を追いながら、私個人の考えを述べていきたいと思う。 そもそもSMAPは事務所からはみだしていた。 光GENJIという偉大なアイドルのあとに売り出され、1991/9/9発売のデビューシングルである『Can't Stop!! -LOVING-』はオリコン2位だった。そして音楽番組が次々と終わる時代だった。TBS系列の「ザ・ベストテン」は1989年に終わり、日テレビ系列の「歌のトップテン」とフジテレビ系列の「夜のヒットスタジオ」は1

    ジャニーズ事務所派閥騒動とはなんなのか SMAPファンの立場から - WEBスナイパー
  • さやわか × 村上裕一 対談:『僕たちのゲーム史(星海社新書)』をめぐって【前編】 - WEBスナイパー

    昨年、星海社新書より上梓された『僕たちのゲーム史』。膨大な史料と明快な論旨からゲーム歴史を読み解く書をめぐり、著者であるさやわかさんと批評家の村上裕一さんによって行なわれた対談を前後編でお届けいたします。執筆にあたり著者として臨んだ態度、ゲーム史におけるパチンコの位置づけ、拡大していくゲームの枠組みなど話題は多岐にわたります。大変ボリュームのある対談となっていますので、どうぞゆっくりお楽しみください。 さ 星海社新書から出させていただきました『僕たちのゲーム史』は、実はかなりいろんな意図を込めて書いたところがあります。その一つは、やはり普通のゲーム史、もしくはゲームの議論と、東浩紀さんが2007年に提示した「ゲーム的リアリズム」という概念をスムーズに接続することでした。それによって、おそらく今日のポップカルチャー批評の俎上に上がる他ジャンルとゲームを、同じ視点から語ることができるように

    Imamu
    Imamu 2013/01/13
    「ゲームを一種の物語体験として考える人たちと、ゲーム論から物語分析を排除しようとする人たちの対立すら、重要なトピック」『「ポップス」として新書を作り上げる』
  • http://sniper.jp/008sniper/0084review/_1_bluray.php

    Imamu
    Imamu 2012/06/10
    『推理は、過ぎ去った時間を「古典」と~時間が現在へと連なっていることを感じ取ろう~「希薄化されている」として乱暴にまとめられた「日常系」に、既に残滓としても残されていない意味を炙り出そうとする行ない』
  • 特集「セックス表現の現在形2012」:ディス・イズ・ポルノ〜AV誕生30年をふり返って〜 文=安田理央 - WEBスナイパー

    Imamu
    Imamu 2012/05/06
    1982:代々木忠監督「ドキュメント ザ・オナニー」(Documentary of)ドラマ物-いつかは普通の女優-本当は普通の映画/90's(AV女優よりもフードル)/DVD-内容の長時間化/『ハイパーギリギリモザイク』シンプルなハードコアポルノ
  • 特集「セックス表現の現在形2012」:ロリコン漫画の不在形 文=さやわか - WEBスナイパー

    そもそも70年代後半から80年代初頭にかけての、俗に言うロリコンブームにおいては、漫画は一大勢力を誇るメディアだった。そんなことはWEBスナイパーの読者諸兄におかれては常識だろうし、そうでない者でも吾ひでおや内山亜紀の名は知っているかもしれない。 現在はどうか。現在ではそもそもロリコンブームというもの自体が成立していない。2003年あたりから活況を呈した「萌え」を合い言葉にしたオタク文化は、当初ロリコンブームの歴史的な文脈に関連づけて語られることも多かったように思うが、ここまでアニメや漫画などのジャンルが一般化した今では、そうした主張もなりを潜めている。言い方を変えれば、ロリコンという価値観じたいが――そしてアティチュードとしてのオタクも――、一般化されたアニメや漫画などのカルチャーの中に取り込まれている。それは広大なポップカルチャーの中でフェティッシュの一種でしかない。 「ロリコン」と

    Imamu
    Imamu 2012/05/06
    「2012年4月号でわりとひっそり休刊した「COMIC RIN」」不勉強で今休刊を知った
  • 特集「女性向けAVの現在形」:彼女たちが観て感じたこと/26歳ウェブ関連会社勤務 瑞希さんの場合 - WEBスナイパー

    Imamu
    Imamu 2011/10/11
    「“そのシーンはいらないだろ”というおしゃれシーンが多いし、台詞も何となくわざとらしいし。これは韓国ドラマに近いものが」
  • 特集「女性向けAVの現在形」:彼女たちが観て感じたこと/24歳ブライダル関連勤務 ゆきさんの場合 - WEBスナイパー

    Imamu
    Imamu 2011/10/11
    「あのおへその下の毛~オタクっていう設定だったら絶対に剃ったほうがいい」笑った
  • 「キレそう」な冷静さ / 『もしもし原宿』きゃりーぱみゅぱみゅ 文=さやわか - WEBスナイパー

    青文字系雑誌での活躍や、女子中高生からの熱狂的な支持、また自由奔放なブログでも知られる彼女が中田ヤスタカプロデュースのミニアルバム『もしもし原宿』でメジャーデビュー。iTunesでも世界23カ国で配信され、全世界から注目を集める新たなイコン、きゃりーぱみゅぱみゅの作品をさやわか氏にレビューしていただきました。 きゃりーぱみゅぱみゅは、いわゆる「青文字系」雑誌のファッションスタイルを体現するような存在として世に認知されたと言っていいだろう。「男性受け」を狙うわけではない独自の「かわいい」という観点、アニメやマンガまで含めたポップカルチャーの要素を気軽に採用したストリート感あるカジュアル性などにその特徴はあるが、中でもこのたび、きゃりーが発売したミニアルバム『もしもし原宿』のタイトルにあるように、東京の原宿を拠点として考えていることは典型的なものだろう。 もっとも、原宿がファッションの拠点とい

    Imamu
    Imamu 2011/08/29
    『ビデオの中で、彼女は喜んで平坦な価値観の中にキャラクターとして身を置こうとしている。そこでキレて、身体を溢れ出させたりはしない』
  • 特集「大人の学究へ向けて」:夏休み課題図書「怖い児童文学」 文=さやわか - WEBスナイパー

    夏休み課題図書「怖い児童文学」 文=さやわか 今年の夏の特別企画はWEBスナイパーの豪華著者陣による、大人の研鑽に必要な名作・傑作のプレゼン祭り! 夏休みのまとまった時間に改めて、あるいはもう一度触れておきたい作品群をジャンル不問で紹介していただきます。第七弾は、ライター・さやわかさんによる児童文学への誘い。「怖い児童文学」というテーマで6冊を厳選、児童書の枠を超えたパワフルで奥深い作品の力をじっくり解説していきます!! 夏休みと言えば読書感想文、読書感想文と言えば児童文学である。 児童文学は、実に、奥が深い。特に中学生から高校生くらいまでを対象としたヤングアダルト系が台頭して以降はいわゆるライトノベルとの接点も増え、「青い鳥文庫」など古くから続くレーベルにおいても人気作のほとんどはアニメや漫画のようなイラストが使われた、表紙をぱっと見ただけでは小説のように見えないような作品がほとんどであ

    Imamu
    Imamu 2011/08/15
    三田村信行『おとうさんがいっぱい』/佐野美津男『ピカピカのぎろちょん』/大海赫『ビビを見た!』/寺村輝男『消えた2ページ』/佐々木マキ『やっぱりおおかみ』/那須正幹『ぼくらは海へ』/
  • 連載「現場から遠く離れて」第三章 旧オタク的リアリズムと「状況」 【4】 - WEBスナイパー

    第三章 旧オタク的リアリズムと「状況」 【4】 ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。 これについては若干の補足を加えたい。参照すべきなのは大塚英志と大澤信亮の共著『ジャパニメーションはなぜ敗れるか』(角川ONEテーマ21、2005年)だ。共著ではあるが大部分が大塚の他の著作でもよく見られる議論に沿って書かれており、実質的に書の主旨は大塚によるものと考えて差し支えない。 大塚英志とはどういう人物か。彼は第一章の

    Imamu
    Imamu 2011/06/13
    "考証主義的なリアリズム~戦時下~70年代後半以降~オタク文化において支配的になっていったのかについては十分な考察がなされていないように思われる~
  • 連載「現場から遠く離れて」第三章 旧オタク的リアリズムと「状況」 【2】 - WEBスナイパー

    第三章 旧オタク的リアリズムと「状況」 【2】 ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。 したがって『パトレイバー』が目指したリアリズムは、80年代までのオタク的想像力のより洗練された姿であると言っていい。しかし、ここでより注意深く扱いたいのは、この作品の想像力がSFやファンタジーの要素と80年代後期的な社会の自然な融合を選んだことよりも、「巫女」のような既に日社会からは失われたジャポニズムや、わかりやすく荒唐無

    Imamu
    Imamu 2011/05/23
  • 連載「現場から遠く離れて」第三章 旧オタク的リアリズムと「状況」 【1】 - WEBスナイパー

    第三章 旧オタク的リアリズムと「状況」 【1】 ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。 「現場」という概念の成立をめぐって、私たちが次に考えるのは、まずインターネットが普及し始める90年代までに、私たちがフィクションにどのようなリアリズムを求めるようになっていたのかということである。そしてインターネットの普及後にそれはどのように変わっていくのか。それを知るために、この章ではアニメ、とりわけ『機動警察パトレイバー』

    Imamu
    Imamu 2011/05/16
  • さやわか × 村上裕一 対談:『魔法少女まどか☆マギカ』【前編】 - WEBスナイパー

    さやわか × 村上裕一 対談:『魔法少女まどか☆マギカ』【前編】 2011年GW企画第4弾は『魔法少女まどか☆マギカ』と2011春アニメをめぐる対談! 話題性もさることながら我々を存分に楽しませてくれた『まどマギ』。一口には語りきれないこの作品、批評家の村上裕一さんと、批評シリーズ「現場から遠く離れて」を連載中のさやわかさんによる考察をお届けします。日の前編は『まどマギ』、明日の後編は今季アニメの話題です。 ■『まどか☆マギカ』最終話を観て さやわか(以下さ) 『魔法少女まどか☆マギカ』、最終話を観て僕は面白いなと思ったんですけど、村上さんはどうでした? 村上裕一(以下村) 僕は対談に先駆けて、観た瞬間に「いやあ、あれはいい。神でしたね」ってメールをまわした前科があるわけですが(笑)。すごく面白かったですね。当初の心配は、やっぱり10話で止まってたので、これは1クールで終わるのかって思い

    Imamu
    Imamu 2011/05/04
  • 連載「現場から遠く離れて」第二章 ネット環境を黙殺するゼロ年代史 【4】 - WEBスナイパー

    第二章 ネット環境を黙殺するゼロ年代史 【4】 ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。 こうして我々は、「現場」という概念を語るにあたって、今なお物理的な場所とインターネットの双方を手放すわけにはいかないことを確認した。ことにインターネットに好意的な読者が注意すべきなのは、インターネットが従来の物理的な「場所」としての「現場」の、単なる代替として考えられてしまってはならないということである。我々はしばしば、単にク

    Imamu
    Imamu 2011/04/24
    「コンピュータには速度はあっても距離は存在しない」「インターネットを物理空間として捉えることの誤謬」
  • 連載「現場から遠く離れて」第二章 ネット環境を黙殺するゼロ年代史 【3】 - WEBスナイパー

    第二章 ネット環境を黙殺するゼロ年代史 【3】 ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。 現在、「現場」を巡る言説にはこのような、インターネットが大きな価値を持つがゆえに物理的な場所が求められるというような見方はほとんど見られない。従来の音楽ジャーナリズムと「現場」を称揚するリスナーの立場からは、「現場」は単にインターネットに対して優位を持つとされており、その観点からでは神聖かまってちゃんや相対性理論がなぜ各々の戦

    Imamu
    Imamu 2011/04/17
    「90年代の後期からゼロ年代の前半にかけてのアイドルカルチャーではインターネット上でリスナーの自主性によってのみ賄われていた要素を一括してプロデュースの枠組みに組み込んでイベント化」
  • 連載「現場から遠く離れて」第二章 ネット環境を黙殺するゼロ年代史 【2】 - WEBスナイパー

    第二章 ネット環境を黙殺するゼロ年代史 【2】 ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。 以上をもって、神聖かまってちゃんについて考えられがちないくつかの誤解をここで指摘することができる。まず第一に、彼らが最も表現したいと信じているのはその内面性ではない。むしろそれはカメラの前で半ば演劇的に展開されるパフォーマンスの素材に過ぎず、彼らが心がけているのは自分たちをインターネットに対して見せ物とすることである。従来的な

    Imamu
    Imamu 2011/04/10
    「相対性理論~「不思議ちゃん」のキャラクター性~を演劇的な行為、パフォーマンスとして行なっている」「インターネットが十分に重視されるがゆえに物理的な場所もまた求められていると考えるべき」
  • 連載「現場から遠く離れて」第二章 ネット環境を黙殺するゼロ年代史 【1】 - WEBスナイパー

    第二章 ネット環境を黙殺するゼロ年代史 【1】 ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。 前章で我々は「現場」という概念について、いくつかのことを確認した。まずそれは文化創出という大義を担わされたものであり、しかしながら実はそれ以前に物理的な場所であることが重んじられている。ところがインターネットの台頭によって我々の現実はそれ以前とは移り変わっているにもかかわらず、サブカルチャーを読み解くための思想はそれ以前の考え

    Imamu
    Imamu 2011/04/03
    (かまってちゃん)「内面性と音楽性を関連付けて語る~従来的な音楽ジャーナリズム」「パフォーマンスへの欲求は内面性の発露である前にカメラの存在に後押しされている」
  • 連載「現場から遠く離れて」第一章 ゼロ年代は「現場」の時代だった 【4】 - WEBスナイパー

    第一章 ゼロ年代は「現場」の時代だった 【4】 ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。 ニコニコ動画は動画の再生中に、好きなシーンで画面内にコメントを書き込むことができるという特徴を持ったサービスだ。書き込んだコメントはそのシーンを再生する際に表示され、自分がコメントを書いたのと同じシーンに別のユーザーがコメントを書き込めばそれも表示される。つまり動画内の様々なシーンにユーザーが落書きのようにコメントを書き込んで

    Imamu
    Imamu 2011/03/27
    (ニコ動)「日本のポップカルチャーはなぜそこまで「現場」を重視するようになったのか」
  • 連載「現場から遠く離れて」第一章 ゼロ年代は「現場」の時代だった 【3】 - WEBスナイパー

    第一章 ゼロ年代は「現場」の時代だった 【3】 ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。 宇川はおそらく、先に挙げたインタビューの中で、日のクラブカルチャーが付加する意味合いを込めて「現場」という言葉を発している。つまりこれには「事件や事故が実際に起こった場所。また、現にそれが起こっている場所。げんじょう」(大辞林より)という原義を越えた含意がある。文化人類学者のイアン・コンドリーは、この言葉を特に日のヒップホ

    Imamu
    Imamu 2011/03/20
    イアン・コンドリー:現場(=シーン)「相互作用によって成長する文化活動の総体」/supercell→身体性、場所自体は必要なのか?