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哲学に関するLhankor_Mhyのブックマーク (20)

  • まだ自由意志は存在すると思いますか? - すべての夢のたび。

    昨日、「自由意志は存在すると思いますか?」というアンケートをやってみました。結果はこんなです。 自由意思は存在すると思いますか?自由意思は存在すると思いますか?すると思う 193しないと思う 75その他 32 回答者の内訳を見るとちょっと面白かったです。「しないと思う」割合は、男性より女性のほうが多く、また年齢が若いほど多くなる傾向が伺えます。俗っぽい見方をするなら、そういう人たちのほうが生きる上でより不自由さを感じているのかもしれません。逆に年を経た男性は、自分の力で世を渡ってきたんだぜーみたいな。「その他」の人がどういう答えを持っていたのかも気になりますね。誰もコメントを書いてはくれませんでしたけれど(笑)。 さて。自由意志についてなんか書こうと思ってとりあえずウィキペディアを見たのですけど、凄い充実度でびっくりし、もうちょっとこの辺ちゃんと読んでから考えようと思いました。 「自由意志

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    Lhankor_Mhy 2009/07/20
    俺は固い決定論者らしい
  • 文化はDNAに組み込まれている? 「隔離された鳥の歌」 実験 - ここは (*゚∀゚)ゞカガクニュース隊だった

    キンカチョウ(英名はZebra Finch)は、通常はその複雑な求愛の歌を父親から習う。しかし独力でも、わずか数世代を経るだけで、自発的に発展させて同じ歌を歌うようになることがわかった。 オスのキンカチョウは通常、その複雑な求愛の歌(MP3)を、父親や親戚のオスから習う。歌の手となる者が周囲にいない場合は、従来の歌からかけ離れた、メスのキンカチョウにとって耳障りな歌になってしまう(MP3)。つまり、どの鳥たちも父親や親戚のオスから習わなければならないわけだが、遡っていくと、いちばん最初の歌はどこから生まれたのだろうか。これは、古典的な「卵が先か鶏が先か」という問題だ。 ニューヨークのCold Spring Harbor Laboratoryに在籍し、『Nature』オンライン版(5月3日付け)で発表された研究の共同執筆者であるPartha Mitra氏は、「今回の研究のケースでは、文化

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    Lhankor_Mhy 2009/06/23
    チョムスキーも喜ぶだろう
  • もともと人権なんてフィクションなんだからということでは - よそ行きの妄想

    『お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)』という記事が話題。 こういう話題が出ると必ず現れるのが、バーチャルな世界でのお遊びと現実社会における犯罪行為の相関についての言及。こうした発言を見るたび思うのが、では世の中をバーチャルとリアルに分けることが可能だとして、そのように分けたときに「人権」とはどちらに属するのか、という。 人権は、目で見ることも、手にとることもできないし、人間なら誰しもが能的に把握しているような類のものでもない。よりよい社会の仕組みを求める人間自らがこしらえたルールであり、フィクションである。 ゲームのキャラクターは、その存在自体がまずフィクションなのだから、そのキャラクターの人権も完全なフィクションなわけだが、かといってリアルな人間の人権はリアルなのかと言うとそういうわけではないと思ってる*1。 ゲームのキャラクターでも実在の人間でも、ある対象が在り、

    もともと人権なんてフィクションなんだからということでは - よそ行きの妄想
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    Lhankor_Mhy 2009/05/10
    こりゃまた、大ナタを振るったなあ。「架空の話」と「概念」をまとめてフィクションと呼んじゃうと、なんか大雑把すぎる気がするな。じゃあ、世の中にフィクションじゃない物なんてあるのか、みたいな。
  • 自然科学と呪術のイチバン大切な違い - 地下生活者の手遊び

    A)僕たちはありもしないものを見る 【呪術は全面的な因果性をその公準とする】ネタの続きというか補足というか。 僕たちはランダムなパターンの中に何らかの意味を見出すような心性を生まれつき持っているようですにゃ。インチキやプリントミスでない心霊写真というのは、だいたいランダムなパターンに顔を発見してしまうものですよにゃ。【後から】意味を見出すということにゃんね。 心霊写真のほかに、典型的なのが例えばこれ 第2次世界大戦で空襲を受けたときのロンドン市民の反応など歴史事例にも、この傾向は見られる。戦後の統計解析では空襲は都市全体にランダムに行われたことが明確に示されているが、人々は都市の特定の場所が狙われ、別の場所は狙われていないと確信していた。狙われていない場所に住む人々は、ナチのシンパだと疑われ、生活や安全を脅かされた。そして、狙われていると思われる地区から人々は、実際に系統的空襲ではないのに

    自然科学と呪術のイチバン大切な違い - 地下生活者の手遊び
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    Lhankor_Mhy 2009/01/14
    「もっともらしい」って奴ですね。
  • 漠然とした自己肯定感 - 教えてお星様

    雑記僕は漠然とした自己肯定感を持っている。そうゆう人間だから、人の前で自分の弱いところを見せても特に思うことはない。だからといって自信家ではない。人に自慢できるような生き方はしていないから、自分の自信に繋るようなことを人生で成したことはない。僕はなぜこのような気持ちを持って生きているのだろう、と考えた時、一つ頭に浮ぶのは諦めのような感情。僕はすでにいろいろと諦めている。自分の器なんてこんなもんだろう。自分はそんなに凄い人間ではないだろう。こんなにダメなのだから、別に人前でダメな奴でもそれが当たり前なんだろうという諦めの気持ち。そうゆうものを僕はきっと持っているんだ。もっと具体的に書くなら自分に期待していないのである。ダメ人間であろうがなかろうが僕は僕であるだろうし世界は回るだろうしあと100年も経てば今生きている人間はほとんど死んでいるのだ。金や思い出やHDDはあの世には持っていけない。現

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    Lhankor_Mhy 2009/01/11
    これは、宮台の「まったり」に近い感覚なのかな?
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    ハリイカの焼売と中華炒め ハリイカをよく、見かけるようになりましたよ。生け簀で、泳いでいたものを一杯購入しました 立派な大きな墨袋や肝は冷凍保存して 柔らかな身は季節のお豆、お野菜と合わせて中華の炒めものに。新鮮なにんにくの茎は刻み、香り高く欲そそられますね 下足はミンチにし…

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    Lhankor_Mhy
    Lhankor_Mhy 2008/12/24
    しかしながら、その他の言葉でも、もっと言えば「俺の名前」でさえ、俺の全てを表現することなどできはしないのだ。ここから逃げ切るには、コミュニケーションを捨て世を捨て言葉を捨て、獣になるしかない。
  • 崖っぷちのポモ - シートン俗物記

    ポーモ、ポーモポモ、デリダの子♪ (略) まんまる、おなかの男の子♪ 以前書いたエントリーの成り行きが興味深かったので、エントリーを追加ました。 田母神氏が問題なのは、文民統制でも政府見解に反するからでもない http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20081111/1226411427 コメント欄にてid:furukatsuさんがこんな事を書かれています。 デマをまきちらす権利はあります。 というか、そもそも何がデマなのか、いかなる規準で誰がどのような権限で判断するか完璧に決定することが出来ない以上、自分が気に入らなければなんでもデマと強弁できますし、なんでもデマでないと強弁できます。 そんなことを理由に言論の自由を制限されるのはあまりに不合理です。 言論の自由という権利そのものが制限されるのは、他者の権利、具体的な名誉や信用その他を毀損される場合や、その他ごく限定

    崖っぷちのポモ - シートン俗物記
    Lhankor_Mhy
    Lhankor_Mhy 2008/12/06
    えー。それはポストモダンの問題じゃないだろう、権利の衝突問題だろう。権利があることと、その権利を行使することで別の権利と衝突することは別問題だ。攻撃しなくてもいいとこ攻撃してないか。
  • 自覚せざる自然科学教がまねく歴史修正主義 - 地下生活者の手遊び

    はてなブックマーク - 東はこういうべきだった・公共性と歴史と科学(追記で応答 - 地下生活者の手遊びに再応答。 小ネタエントリはさんだので、新しく応答エントリをたて、さらに突っ込んで考えてみますにゃ。とりあえずのまとめ。 再応答その1 id:wiseler "うん。【私的】な言論において、愚行がまかりとおることを僕も認める。" それを認められない人が、しかも大勢居るのがこの人の提起している問題なんじゃないの?/少なくともビックバンは確定してないです 問題提起はいいんだけれど、認め方が無節操すぎるのではにゃーかと。 ビッグバンは確定していにゃーとしても、まっとうな科学仮説であることは事実。 科学仮説は灰色のものからほとんど確定的なものまであるけど、真理そのものではありえにゃーというところが重要。 科学仮説はあくまで近似であり、その意味において歴史学における学説と地続きなのですにゃ。 再応答

    自覚せざる自然科学教がまねく歴史修正主義 - 地下生活者の手遊び
    Lhankor_Mhy
    Lhankor_Mhy 2008/12/05
    「科学マンセーな奴は相対化して歴史修正主義を助長するから妖怪どっちもどっち」という論。この場合、科学じゃなくてポストモダンだろう。まず、ソシュールから殺れ。/ id:takanorikidoがうまいこと言った。
  • 書き換え可能な神話としての自然科学 - 地下生活者の手遊び

    2008-11-17を元にネタ的な書き物をば。 上記エントリでの議論に興味を持たれた方、科学論に興味のおありの方には、以下のブログエントリのシリーズ記事をマジにお奨めさせていただきますにゃ。 「科学的」とはどういうことだろう(その1) ( その他自然科学 ) - さつきのブログ「科学と認識」 - Yahoo!ブログ 「科学的」とはどういうことだろう(その2) ( その他自然科学 ) - さつきのブログ「科学と認識」 - Yahoo!ブログ 「科学的」とはどういうことだろう(その3) ( その他自然科学 ) - さつきのブログ「科学と認識」 - Yahoo!ブログ 「科学的」とはどういうことだろう(その4) ( その他自然科学 ) - さつきのブログ「科学と認識」 - Yahoo!ブログ 「科学的」とはどういうことだろう(その5) ( その他自然科学 ) - さつきのブログ「科学と認識」 -

    書き換え可能な神話としての自然科学 - 地下生活者の手遊び
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    Lhankor_Mhy 2008/11/22
    一瞬納得したが、逆に考えて「システムを自ら再構築できるモノが科学」と再定義すると筋悪な気がする。宗教が再構築しないということもなさそうだし。ただ、視点としては面白いと思うのでこの先に何かあるかも。
  • はてなブログ

    登山大好き犬と御岳山に登る 前回の日向山登山が楽しかったので、格的に暑くなる前にもういっちょ登山に行ってきました。ちょうど、ゆるダイエット期間でもあったので、痩せるかな〜という気持ちを込めて。 犬もケーブルカーに乗れるドッグフレンドリーな山。だけど今回も徒歩で登っていきます…

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    Lhankor_Mhy 2008/11/16
    論点2は了解している。しかし、私の論では科学について「観測」を必須とした。故に神学を含む「観測」を必須としないアプローチを科学的とは扱わない。これが私のいう「そこ」である。/ 追記しました。
  • 「多宇宙と輪廻転生―人間原理のパラドクス(三浦俊彦)」読んだよ - finalventの日記

    多宇宙と輪廻転生―人間原理のパラドクス: 三浦 俊彦 「私」 のいない宇宙はありえたのか 超能力も輪廻も終末もオカルトも、『トリック』 も幸福論も多宇宙も。なぜ論理を尽くさないのか? 厳密なロジックで誤謬を暴き、「人間原理」 で錯覚を正し、観測主体(意識)と宇宙とのあいだを解明する。 【目次】 まえがき 序 この世に生まれることの難しさ / 輪廻の必然性 1 「私」 という不合理 2 純粋個体と純粋自我 3 繰り返す 「私」 4 重なり続ける 「私」 Ⅰ 超能力と超難問 1章 語用論的独立性 ――仮説と証拠の、正しい関係 1 〈手品〉と〈この手品〉 2 〈予言〉と〈首輪の予言〉 3 仮説確証のための必要十分条件 4 〈全体的証拠の同定〉と〈語用論的独立性〉 2章 意識の超難問 ――疑似問題から純問題へ 「私はなぜ他の誰でもなく、三浦俊彦なのか」 の誤謬 1 意識の 「超難問」 ? 2 

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    Lhankor_Mhy 2008/10/14
    部屋のなかの中国人も大変だな。
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    牛乳とドーナツ 冷蔵庫で冷やされパキパキに固まった砂糖が鱗みたいにまとわりついているドーナツを取り出すと、マグカップに牛乳を注ぎ、少し時間を置く。 読みかけたのことか、はたまた別のことか、何かを考えながら惰性でドーナツをべてしまい、それを牛乳で流し込むのを忘れた…

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    Lhankor_Mhy 2008/10/13
    なるほどね。俺たちは「生きてる」んじゃなくて「生かされてる」から、人生は不完全、か。言えてるかもな。それに抵抗するには、この世から消え去るしかないわけだ、実に仏教的。
  • ペア書評 - 人とロボットの秘密 + 超接写・ロボットの「機構」 : 404 Blog Not Found

    2008年07月03日04:00 カテゴリ書評/画評/品評Psychoengineering ペア書評 - 人とロボットの秘密 + 超接写・ロボットの「機構」 まずはこちらから。MouRaの黒田様より献御礼。 人とロボットの秘密 堀田純司 読了して、はっと理解した。 なぜ、日はロボット、いやアンドロイド研究開発においてこれほど世界を先行しているのかが。 書「人とロボットの秘密」は、フリーランスライターである著者が、まさにフリーにフィクションのロボットとノンフィクションのロボットを行き来しながら、ロボットを通して人とは何かを考察する一冊。これぞフリーランスライターの面目躍如。専門家では、これほど自由に思考の羽を伸ばすのは難しい。たとえ羽があっても伸ばしていては専門がおろそかになってしまうのだから。 目次 - ロボットの王国|人とロボットの秘密より 序 自分と同じものをつくりたい業 第1

    ペア書評 - 人とロボットの秘密 + 超接写・ロボットの「機構」 : 404 Blog Not Found
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    Lhankor_Mhy 2008/07/06
    やあ、R・田中一郎くんだよ
  • 愚慫空論 ニセ科学批判の道徳性

    早く次のエントリーを上げなければと思いつつも、ついつい時間を無為に過ごしてしまって、やっとエントリーを書き上げた。今回も引き続きテーマは科学と道徳。前回『【語りえぬもの】を語る姿勢』の続きである。 前々回の“道徳は【語りえぬもの】である”との結論を受けて、前回は“「節操」の欠乏した道徳者はニセ道徳者”と結論した。ここでいう「節操」とは“道徳を【語りえぬもの】として語ることであり、そこから“「節操」の欠乏”は“道徳をあたかも【語りえるもの】として語る”ということが導かれる。すなわちニセ道徳者とは“【語りえるもの】として道徳を語る者”ということになる。 ではニセ道徳者とは誰を指して言うのか? もちろん、具体名を挙げるといった「節操」に欠けた行為はできない。具体名は【語りえぬもの】としておいたほうがよかろう。それよりも、ここではニセ道徳者の有様をなるべく具体的に考えてみたい。そこで科学を【語りえ

    Lhankor_Mhy
    Lhankor_Mhy 2008/05/18
    再読した。つまり、ニセ科学批判をする時には「あれは非科学的です、信じようと信じまいとあなたの勝手ですが、もちろん自己責任で」とディスクレーマーもどきをしろ、という主張なのかな?
  • 悪の犠牲の「自動人形」にも救いあれ [ JRF の私見:宗教と動機付け ]

    《忘却からの帰還:慈悲深い神と魂の存在を信じる者に幸いあれ》に「神が人間を創造したなら、モラルは高まる」というに対する対抗議論として次のようなことが述べられていました。 > 前提: 1. 超越的な(transcendant)神が存在する。 2. その超越的な神は慈悲深い(benevolent) 3. その超越的な神が、魂を創造して、人間が誕...

    Lhankor_Mhy
    Lhankor_Mhy 2007/08/10
    死後の救済で「慈悲深さ」に帳尻を合わせる、に1票。神様にとっては「現世」なんて世界の極一部にすぎないはず。全体で調和を取るようにコントロールするだろう。
  • みんな分かってないよ - hasenkaの漂流記

    みんなって誰、失礼、一部の自分の記事をはてブした人達。なら宗教ってなに? 宗教と科学が別な物とハッキリ区別できるなら19世紀に神は死んだなんて誰も叫ばなかったろう。そういう考えは共通一次以降の問題が初めに在りきで答えは○か×を答えればいいという考えが習慣化しているからだ。宗教とはこの世界はどうして始まってどうなっていてどう生きればいいのかに応えてくれるものなのだ。この宇宙がどうやって始まったのか。神が開始したのか、ビッグバンで全てが始まったのか。さぁどちらを取るのだ、とした時殆どの人はやっぱりビッグバンを取るのでなかろうか。その採用理由は自分で考えたわけではなかろう。科学界が概ねその意見を採用しているからという理由にすぎない。そこでも様々な考えは分かれてビックバンはなぜ始まったの。そこに神の介在があるのではと考える人もいるかもしれない。だとしたら科学が解けない部分で神を介在させて科学の上位

    みんな分かってないよ - hasenkaの漂流記
    Lhankor_Mhy
    Lhankor_Mhy 2007/07/31
    違うと思う。確かに科学は宗教から生まれ、その地位を奪い放逐した。しかし、放逐された先で宗教は科学と棲み分けた。今後も境界問題はあれど、両者は棲み分け続けるだろう。
  • 科学はいつも宗教と共にある - ニート☆ポップ教NEO

    good2ndの日記 - 穏健な宗教 宗教と科学が「共存できるか?」なんて考えるのは日人だけなんじゃないだろうか。 欧米では科学者にも信仰を告白している人は多い印象があるし、特に数学者は定理の美しさなんかを「神」と結びつけて語りたがる*1。あとアインシュタインは「スピノザの神」を信じていたことで有名だよね。まぁ「スピノザの神」は一般に言われてる「神」とはニュアンスが違うけど。 水は言葉を理解したりしない、ということは「ほぼ断言していい」のに、神や霊魂は実在しない、ということは「ほぼ断言」できないんでしょうか。してもよさそうなもんだけどなぁ。この間にそんな大きな違いがあるんでしょうかね?うーむ。 「ほぼ断言」できない理由を簡単に説明しよう! 科学はこの世界がいかにあるか、どのようにしてあるかを理論的に筋道立ててきれいに説明してくれるね。 けど科学は「この世界がなぜその『理論』で説明できるの

    科学はいつも宗教と共にある - ニート☆ポップ教NEO
    Lhankor_Mhy
    Lhankor_Mhy 2007/07/29
    橋爪の「仏教の言説的戦略」も仏教理解に良いです。
  • インターネットの向う側 - カナかな団首領の自転車置き場ダイアリー

    モニターの向う側に居るのは、血の通った人間なんですよ」とか言われると、そりゃそうだ、と言うよりも、人間でなきゃ困る、とか思う。 人間がモニターの前に鎮座していると思えばこそ、罵倒したり、誹謗中傷したり、粘着したり、するのである。人間なら、何か反応するだろう、がっかりするはずだ、改心するかも知れない、納得してもらえるかな、理解できましたか、嬉しいですか、哀しいだろう、どうだ、と考え、アレコレ仕掛けたりするのである。トラックバックしてみたり、コメント欄に突撃してみたり。 でもね。 ホントに、モニターの向う側に座っているのは、人間なの? それ、Bot ぢゃないの? コメント欄に十数時間も張り付いて応酬を続けてみたり、同時多発的に複数のブログに出没してみたり、有り得ない反応速度で書き込みが有ったり、さらにはメールマガジンを発行し、数十通のメールを読み書きし、ブログには新記事をエントリーしてみたり

    インターネットの向う側 - カナかな団首領の自転車置き場ダイアリー
    Lhankor_Mhy
    Lhankor_Mhy 2006/12/25
    「海老の活け造りは残酷←海老に痛覚があるのか」と類似の問題。
  • "The Fine Art of Baloney Detection," by Carl Sagan

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