「三江線とともに歩んできた。感謝も寂しさもあり、思いが入り交じります」。31日に廃止されるJR三江(さんこう)線の沿線で生まれ育ったJR西日本の運転士、那須野謙(けんじ)さん(64)は、万感の思いを胸に最終列車のハンドルを握る。 那須野さんは島根県美郷(みさと)町出身。中学、高校と通学で三江線を利用した。「朝は2両編成の列車がいつも混雑し、乗るのがやっとでした」と振り返る。 帰りの駅に停車している蒸気機関車の力強さにあこがれ、昭和47(1972)年、高校を卒業すると旧国鉄に就職。56年から運転士としてディーゼル列車を走らせた。 当時の三江線は沿線住民の誰もが利用する公共交通機関。利用客との「距離」も近かった。 「今日はけんちゃんだわ」 地元の停車駅で乗ってきた顔見知りの住民が、運転台の那須野さんに気づいて世間話を始めるのも日常の風景だった。故郷を走る誇りと気恥ずかしさ。「おばちゃん、黙っと