6月30日に閉店した愛知県名古屋市中区栄の百貨店「丸榮」(丸栄)は、エレベーターに設置されていた東郷青児デザインの「丸栄百貨店店舗「女性画扉絵付昇降機(客用エレベーター)扉」2分割1組」を入札方式で9月18日まで販売する。 東郷青児による女性画扉絵付昇降機(客用エレベーター)扉。 丸栄の「シンボル」を販売-入札開始価格「54万円」 丸栄は1615年に創業した「十一屋呉服店」を起源に持つ。太平洋戦争最中の1943年に当時大手百貨店であった「丸物」傘下の「三星百貨店」と合併して現在の屋号となった。 1952年には建築家・村野藤吾の設計で、戦後に出来た建物を増築する形で現在の本館(地下2階、地上8階)が完成。外観のモザイクタイルの壁画、1階エレベーターの扉にあしらわれた東郷青児の絵など、豪華な内外装は栄地区の名物となった。 百貨店営業終了日の丸栄。 今回出品されるエレベーター扉は、縦215cm、
JR東海は3月20日、2027年の開業を目指して工事が進められている中央新幹線品川~名古屋間286kmのうち、大深度地下を利用して建設する区間の認可申請を国土交通大臣に行なったと発表した。 2014年12月に品川~名古屋間が着工した中央新幹線は、起点の品川駅と終点の名古屋駅が地下駅として建設されることになり、2016年1月には品川駅、同年12月には名古屋駅の工事が開始されている。 両駅とも、人口密集地における用地確保が困難であること、すでに地下の浅い部分に鉄道施設や構造物などが複雑に入り組んでいることから、山梨・長野県内の南アルプストンネルと並ぶ、中央新幹線の三大難工事箇所にあげられている。とくに起点の品川は、東海道新幹線のおよそ40m下に駅が造られることになっているため、工事は深夜に行なわれている。 両駅が地下であることから、東京側、名古屋側ともに地上部に出るまでの地下線が建設されること
国土交通省設楽ダム工事事務所は、設楽町に建設する治水や利水のための設楽ダムのダムカードを作成した。 ダムカードは、ダムへの理解を広めようと国などが配布しており、設楽ダムでは初めて。名刺大でダムの形式や貯水量などの情報、写真が載っている。 カード表面の絵柄は設楽ダムの建設予定地の航空写真を基にダム完成後のイメージを重ねたもの。裏面は所在地、型式(重力式コンクリートダム)、総貯水容量(9800万立方メートル)、完成予定(2026年度)などの情報が記されている。 配布場所は、いずれも設楽町の同事務所設楽分室と県豊川水系対策本部事務局設楽ダム対策事務所(ともに平日の開庁日)、県奥三河総合センター(土、日を含む開館日)。1人1枚に限定する。
座標: 北緯35度05分29秒 東経137度33分23秒 / 北緯35.09139度 東経137.55639度 設楽ダム(したらダム)は、愛知県北設楽郡設楽町内に建設中の重力式コンクリートダムである。 概要[編集] 愛知県東三河南部地域において、以下の3つの目的で進められている[4]。 洪水被害の軽減:大雨の水を一時的に貯めて、豊川沿川地域の洪水被害を軽減する。 河川環境の保全(流水の正常な機能の維持):雨が降った時の水を貯めておき、渇水時に流すことにより、河川の環境を保全する。 新規利水:新たな水道用水や農業用水を供給する。 もともと1963年(昭和38年)に電源開発株式会社が発電用ダムとして計画したが、地質が弱いことを理由に計画は消滅した[5]。 1971年(昭和46年)に当時の通産省から揚水発電ダムとして計画されるものの、1973年(昭和48年)に多目的ダムとして総貯水量8000
名古屋市上下水道局は「塔」をテーマにしたトレーディングカード「なごやコレクションカード」を作成し、4日から配布を始める。 カードは「名古屋テレビ塔」(中区)「東山スカイタワー」(千種区)など観光施設に加え、同局が管理する「東山給水塔」(同)、「猪高配水塔」(名東区)など全9種類。表面には写真と供用開始日、「電波障害を防ぐためガラスコップを伏せたような形になった」(猪高配水塔)などの説明文などが記載されている。また、裏面は塔のイラストが描かれ、カードをつなげてデザインを楽しむこともできる。 各2000枚を用意。配布は塔のある場所ではなく、同局のPRに協力している飲食店や販売店など27か所で行う。全種類を集めた先着300人には、災害用備蓄飲料水「名水」(475ミリ・リットル、24本入り)をプレゼントする。 同局広報サービス課は「ユニークな形をした塔もあり、水道局の取り組みに関心を持ってもらう機
岡崎市は22日、徳川家康が生まれた城として有名な岡崎城の天守を木造で復元することも検討するという岡崎城跡整備基本計画を発表した。史跡としての価値をさらに高めるため発掘調査や保存を進めるほか、史跡指定地となっている岡崎公園の範囲を超えて、総堀(外堀)に囲まれた86ヘクタールに及ぶ総構え全体を一体的に整備するとしている。 計画は2004年に策定されたが、菅生川端石垣が一連の城郭石垣として日本最長の規模と確認されたことや、歴史的風致維持向上計画の認定を受けたことから全面的に改定した。2025年度までの短期と26~45年度の中長期計画からなり、計画面積は総構えを含む134ヘクタールとなっている。 中長期計画では、1959年に鉄筋コンクリートで再建された天守の耐用年数があと20年ほどで切れることから、木造復元について検討することを初めて明記した。かつての岡崎城は、明治政府の廃城令を受けて1874年ま
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く