脳内補完トレーニング装置としてのコンピュータゲーム - シロクマの屑籠 コンピュータゲームのグラフィックやシステムは、現実に比べて大幅に簡略化されたものから成っている。だからプレイヤーは、ゲームから受け取る情報を願望や想像力で肉付けし、脳内補完して膨らませたイメージを楽しんでいる――そういうシミュラークル生成もひっくるめてゲーム体験は成立していると前回は書いた。 「プレイヤーの数だけ、物語は存在する」 でも、ゲーム独特の物語性は、それだけでは説明できない。 確かに、ロールプレイングゲームやシミュレーションゲームの一部、ビジュアルノベルでは、“脳内補完的・二次創作的なイメージ消費”のウエイトが大きい。けれども、対戦格闘ゲームやシューティングゲーム、もっと自由度の高いゲームでは、全く別の機序で物語が紡ぎ出され、プレイヤー個人個人がゲーム越しに体験する物語や、遭遇するドラマツルギーにばらつきが認