robin @robiiiiiimmm ヤベェ本を買ったぞ… 昔の偉い人たち(ザックリ表現)の服の構造や成り立ち、色合いや文様の意味、アクセサリーの種類とかが分かりやすくまとめられてる。 ネット知識でフワッと把握してた所がしっかり解説されてて、痒いところに手が届く一冊だった… 絵描き字書き立体屋問わず全創作者にオススメ。 pic.twitter.com/z1W3Kgl1DL 2019-09-21 22:25:06
終戦前に台湾で教師だった106歳の日本人女性と当時の台湾人教え子らが8日、インターネットで映像と音声をつなぎ、約80年ぶりの「再会」を果たした。きっかけは女性が出した一通の手紙。現存しない古い住所宛てだったが、郵便局員が訪ね歩いて宛先を探し出した。「映画のような話」と話題になり、日本企業が対面を支援した。 「毎日、あなたたちのことを思い出しています」 台湾中部・台中の烏日小学校。講堂に設置されたスクリーンに映し出された熊本県玉名市の高木波恵さんは力強い声で語りかけた。80代後半から90代の教え子20人ほどが、代わる代わるマイクを握った。「お孫さんと遊びに来てください」「長生きのひけつは」。つかの間、童心に帰って日本語で会話を交わした。 日本統治時代(1895~1945年)の台湾で暮らした高木さんは27年に教員免許を取り、今年創立100周年の同小の前身、烏日公学校で39年まで1、2年生を教え
68年ぶり「父、帰る」=沖縄戦日本兵の遺品、米で発見−警察官の尽力で・東京 68年ぶり「父、帰る」=沖縄戦日本兵の遺品、米で発見−警察官の尽力で・東京 日章旗を受け取る星忠孝さん=6日午前、警視庁千住署 太平洋戦争の沖縄戦で亡くなった日本兵の遺品の日章旗が米国で見つかり、6日、遺族の手に返された。「いつか家族に返したい」と旗を持ち帰った米兵の思いに応えた米国在住の日本人女性や警視庁の警察官の尽力で遺族が見つかり、「68年ぶりの帰還」が実現した。 日章旗の持ち主だったのは警視庁千住署の巡査だった星藤二さん。1945年6月に28歳で沖縄で戦死し、遺骨も見つかっていない。 日章旗は米陸軍工兵として沖縄戦に従軍したハーバート・インガルス・マクドゥガルさん(87)が戦時中、首里城近くの洞窟で見つけ「戦火で焼ければ家族に渡せなくなる」と米国に持ち帰った。返せないまま自宅にしまい込んでいたが体を壊し
五輪マラソンの世界最長記録は54年8ヶ月 オリンピックの男子マラソンでもっとも遅かった公式記録は、54年8ヶ月6日5時間32分20秒3。 日本人の金栗四三氏が記録したものです。 なぜそんなあり得ない記録になったのかは後述するとして、一般にスポーツの最低記録や珍記録といったものは恥ずかしいことが多いものですが、この記録が生まれた背景を見ていくと、実に誇らしく、粋な記録だということがわかります。 金栗四三氏が出場したのは明治晩年にあたる1912年のストックホルム・オリンピック。これが日本のオリンピック初参加で、前年の国内予選では30分近くも世界記録を更新するという、名誉と期待を背負ったものでした。 ところが、北欧の大会にもかかわらず異常気象のため40度近い猛暑に襲われ、68人中34人が棄権するというサバイバルレースになってしまい、彼もまた日射病で棄権してしまいます。しかしながら、連絡ミスによっ
1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/01(金) 19:19:33.98ID:ffIE/QY40 うる星やつらみたいな絵柄の 3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/01(金) 19:23:26.36ID:C9pIdSKL0 古き良き昭和の情緒溢れる画像くださいって言い直せ 4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/01(金) 20:12:58.41ID:1iRx4xpz0 49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/01(金) 21:14:28.41ID:h30568TW0 >>4 すげーいい 87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/01(金) 23:05:39.97ID:IYQ4YldVO >>4 一番下のペンケース持ってたwww 5:以下、名無し
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