7月23 パチスロへの技術革新に果たした佐野の功績 前回の続き。パチスロ以前のオリンピアマシンがアナログの「ギア式」だったことについては触れた。あやふやだったので、知合いの業界人に再度そのことを確認してみた。このギア式がやはり、いわゆる業界で「リレー式」「リレー制御」と言われていたものである(この確認のため電話したのだが)。このリレー式の頃も天井設定があったのだが、うまく使いこなせていなかったことは前回も書いた。ホールの現場では客の技術が上がってくる。ギアを半回転ずらして7の当たり図柄を外したりしていたのだが、これを客が熟練した技術で7で止めるようになった。いわゆる「目押し」の原点である。 ここで、メーカーでは「メカ式のままでは客の技術との間で限界がある」ということになり、どうしてもその対策を施す必要性に迫られた。でなければ、ホールの売上と利益にも影響して、ひいては機械も売れなくなる危機感