脳梗塞(こうそく)を患った息子と介護をしていた81歳の父親。命を絶つ前の最後の旅行だったのでしょうか。 8日午前10時前、福岡県中間市にある県営住宅の駐車場に止められていた車の中で、81歳の男性と50歳の息子が死亡しているのを男性の妻が発見しました。車内には使用した練炭と「息子と一緒に旅立ちます」と書かれた遺書が残されていました。息子は脳梗塞を患っていて、男性と妻が夫婦で在宅介護していました。男性と息子は6日から2人で旅行に出掛けていて、8日に帰宅する予定だったということです。
山本一郎です。このところ、身の回りで立て続けに介護離職される人を見送ることになってしまい、株主としては実に忸怩(じくじ)たるところがあります。まだまだ働ける人が大事な親族を見守るために仕事を離れるのは忍びない気持ちになる一方、人として幸せに生きるというのはどういうことなのだろう、と柄にもなく深刻に感じてしまうことが多いわけですよ。 人間、いずれ死んじゃうんだとしたら、いい生き方をどう模索するかが大事じゃないですか。人は働くために生まれてきたわけじゃない、カネで生きているんじゃないと思うのです。 その一方で、先日報じられましたように福祉に携わる人の賃金がようやく少し改善されました。カネ回りだけが人間の尊厳ではない、カネだけが人生ではないと思うものの、家族を養い、将来に対する不安を払拭して、仕事に誇りを持てるだけの収入がなければ、介護職員をはじめ福祉に携わる人の気持ちはなかなか充足できないこと
http://mainichi.jp/articles/20160105/k00/00m/040/124000c 「最後の親孝行に」 片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で 「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は 「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が 「すまんな」と謝ると、母は 「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は 「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。 この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、 自分も包丁で首を切って自殺を図った。 冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、 眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。 裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。 殺害時の2
千葉県木更津市で先月、七十七歳の男性が介護する認知症の妻(79)と無理心中した。男性が二人で命を絶つ決断に追い込まれた背景には、老老介護の悩みを打ち明ける場もなく、社会的に孤立していた様子が浮かぶ。 (白名正和) 男性は七月二十日午後、木更津市中心部のショッピングセンターから飛び降りて死亡。数百メートル離れた団地の自室では妻も死亡していた。部屋からは「介護に疲れた」と書かれた男性の遺書が見つかり、県警は、男性が妻を絞殺して自殺を図ったとみている。 夫婦は二〇〇七年冬、隣の君津市から引っ越してきた。男性は木更津市内の土木会社で働きながら妻を介護。二~三年前に退職した後は介護に専念していたとみられる。団地周辺を徘徊(はいかい)して、警察に保護された妻を引き取りに来ることもあった。
4日午前7時45分ごろ、東京都世田谷区野毛の多摩川河川敷で、ポリ袋をかぶった男性と女性が倒れているのをジョギング中の男性が見つけ、110番通報した。2人は搬送先の病院で死亡が確認された。警視庁玉川署によると、亡くなったのは50代の母親と20代の息子とみられ、倒れていたそばに遺書もあった。同署は無理心中とみて身元の確認を急いでいる。 同署によると、男性はうつぶせでポリ袋を頭からかぶり、女性はすぐ横にあおむけで倒れていた。ポリ袋の中には、トイレ用洗剤と入浴剤を混ぜた液体入りの洗面器があり、硫化水素で自殺を図ったとみられる。遺書には生活苦や病気の悩みなどが書かれていたという。
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