いいよね 知ってたら教えてほしい
承前 http://anond.hatelabo.jp/20130831065322 小泉のアイドル時代がいつまでなのか、その線引きが難しいのは小泉がずっと売れているからです。 「歌手一年、総理二年の使い捨て」と言いますが、アイドル歌手は普通は一年、保って数年で売れなくなります。百恵、聖子、明菜の3人のトップアイドルが、特に別格の印象が強いのは、売れなくなる前に結婚や事件などでキャリアに区切りをつけたからです。セールス的には百恵よりもピンクレディーの方が遥かに「別格」でしたが、ピンクレディーは落ち目になってもだらだらと数年、活動を続けたために敗残の印象も残してしまいました。 アイドルファンではない、普通の人にとっては近藤真彦の「愚か者」以後の曲は知らないでしょうし、田原俊彦は「抱きしめてTONIGHT」で"オシマイ"でしょう。小泉の場合はセールス上の好調が12年以上続いているため、区切りが
http://anond.hatelabo.jp/20130827181414 (承前) ここで中森明菜が傾倒を見せた近藤真彦について考えてみましょう。 近藤真彦は男性芸能人としては、意外かも知れませんがわりあい人格者です。これは彼が早いうちからトップアイドルであったことを踏まえれば意外でもあります。女性アイドルと較べても男性アイドルは「貧困家庭出身」「孤児」「芸能界以外では使い物にならない不良」の割合が当時は大きかったのです。これは男性が一家の大黒柱にならなければならないという当時の当たり前の感覚からすれば、芸能界に関係して、売れればいいものの売れなかったらただの低学歴者になってしまうというプレッシャーがあったので、失うものが無い人でなければ芸能界に進むと誰よりも当人がふんぎりがつかなかったからです。もちろんそのプレッシャーは女性にもありましたが、嫌な言い方かもしれませんが当時的な感覚で
80年代女性アイドル格付 http://anond.hatelabo.jp/20130821065806 を書いたマスダです。80年代女性アイドルについて語り倒したくなったので、順繰りにそれぞれの女性アイドルについて話してみたいと思います。 今日は松田聖子について。 松田聖子のデビュー曲は「裸足の季節」、そのB面曲は「RAIMBOW~六月生まれ」と言う楽曲です。 どういう事情でこのB面曲が選ばれたのか、ちょっとした謎ですね。デビューシングルと言えば、売出し中のアイドルにとっては名刺みたいなもんじゃないですか。そのB面曲が「六月生まれ」だったら、普通は、ああ、この子は六月生まれなんだなあって思いますからね。でも実際には聖子は3月10日生まれ、早生まれなんですね。この早生まれ、ということを初期の聖子は最大限に活用しています。 三作目のシングル「風は秋色」はB面曲(扱いは両A面扱いですが)が「E
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