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historyと子どもとinterviewに関するguldeenのブックマーク (2)

  • 72年生まれの男を作ったゲーム10本 - コバろぐ

    先日、こんな増田を読みまして。 75年生まれの俺を作ったゲーム10を全力で紹介する ぼくもやりたいいいい!と思ったのでやる。 ぼくを構成すると言っていいゲーム10です。 72年生まれの男を作ったゲーム10 目次 72年生まれの男を作ったゲーム10 目次 マリオブラザーズ(1983/AC/任天堂) ハイドライド(1984/PC88/T&Eソフト) 三國志(1985/PC88/光栄) ウィザードリィ(1985/PC88/アスキー) ベストプレープロ野球(1988/FC/アスキー) 維新の嵐(1989/PC88/光栄) 同級生(1992/PC98/エルフ) トルネコの大冒険(1993/SFC/チュンソフト) ルナティック・ドーンⅡ(1994/PC98/アートディンク) The Elder Scrolls Ⅳ:Oblivion(2006/Win/Bethesda Game Studio)

    72年生まれの男を作ったゲーム10本 - コバろぐ
  • 高橋利幸が「高橋名人」になった日

    まず、なぜファミコンはブームになったのでしょうか。これはさまざまな要因が絡み合って生まれたということに尽きます。 その火付け役の1つには、1985年9月に任天堂が発売し、681万を売り上げたソフト「スーパーマリオブラザーズ」が、子どもたちの間で急速に広まっていったことがあります。また、一大ブームが到来する瞬間、つまり1986年1月~3月ごろは、店頭からファミコン体が消え、ほしいけども品切れで手に入らない時期が続き、それが消費者のさらなる購買意欲をかき立てたと言えるでしょう。 もちろん、任天堂だけに限らず、さまざまなゲームソフトハウスから、魅力的な新作が発表されていったということも大きな要因です。 これらが作り上げたブームの渦は、限りなく巨大化していきました。私もその渦の中心にあった1つであることは否めません。 では、高橋名人はどのように誕生したのでしょうか。 1985年4月15日発売の

    高橋利幸が「高橋名人」になった日
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