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人物と本に関するtimetrainのブックマーク (2)

  • 『伝説の総料理長 サリー・ワイル物語』読み継がれるべき物語 - HONZ

    「日格的なフランス料理がやってきたのはいつ、誰によってなのか」 そんな問題意識をもとに、ノンフィクション作家の著者は、料理に関する作品を執筆するチャンスをうかがっていた。当初は、1970年の大阪万博が転換期だったのではないかと仮説を立てていたそうだ。だが調べるうちに、日のフランス料理界発展に大きく貢献したある料理人の存在が浮かび上がってくる。 その人物の名は、1927年にオープンした横浜・ホテルニューグランド初代総料理長、サリー・ワイル。ホテルオークラ東京の初代総料理長である小野正吉、日活国際ホテルの総料理長として活躍し、1964年の東京オリンピックでは選手村堂の総料理長を務めた馬場久など、後に日のフランス料理界を牽引する伝説の料理人たちがワイルの薫陶を受けていることからも、その影響の大きさが分かる。 しかし、そんな功績の大きさとは裏腹に、ワイルには謎も多い。フランス料理のレベ

    『伝説の総料理長 サリー・ワイル物語』読み継がれるべき物語 - HONZ
    timetrain
    timetrain 2015/06/09
    こういう人物伝、料理マンガを二つ載せてる今のジャンプでコミカライズしてくれんかね
  • [書評]無一文から億万長者となりアメリカンドリームをかなえたヨシダソース創業者ビジネス7つの法則(吉田潤喜): 極東ブログ

    タイトルで釣ろうするブログの記事くらい長くて、うんざりするような書名だが、ようするに、「ヨシダのタレ」の吉田さんが説くビジネス教訓書、書名のとおり、無一文から億万長者となりアメリカンドリームをかなえた成功物語、と思っていた。読んでみると、若干違う。いや、けっこう違うかもしれない。どっちにしても、この人は当にすごい人なんだというのがじわじわと来る。 「イチローの次に有名な日人」と言われる吉田潤喜なのだそうだから、あらためて紹介する必要もないのかもしれないし、ご人のサイトでもサクセスストーリーが甘くこってりと語られている(参照)。1949年、京都に在日コリアン7人兄弟の末子として生まれ、それで差別もされた。父親はカメラマンだが稼ぎもそこそこ。母親が焼き肉屋など各種商売をして子どもたちを育てた。4歳のとき彼は、姉とふざけあってか右目に針が刺さり失明した。人いわく「片目のチョーセン人」。そ

    timetrain
    timetrain 2012/03/01
    吉田さんの娘を助けた病院のいい話は有名だけど、そういった良きアメリカ文化はブッシュ以降の自由主義でかなり壊滅してる点だけ注意。
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