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社会と近代に関するebmgsd1235のブックマーク (1)

  • 【正論】もともと日本に存在しなかった「個人主義」の呪縛から脱出せよ 拓殖大学学事顧問・渡辺利夫(1/6ページ)

    柳父(やなぶ)章氏の『翻訳語成立事情』は小著ながら圧巻である。そこには、個人、社会、近代、自由等々の西洋起源の観念をいかにして日語に移し替えるかに試行錯誤を重ねた福澤諭吉や中村正直など、往時の知識人の苦闘が鮮やかに描き出されている。 日には存在しなかった観念 インディビデュアル(individual)は現在ではごく普通に「個人」として使われているが、この言葉が導入された頃の日にはそういう観念は存在しなかった。神や社会に対する究極的な単位として、それ以上は細分化できない唯一の存在といった意味での個人が、かつての日になかったことは柳父氏のいう通りであろう。当時、日人は社会の「身分」として存在はしていても、個人としてではなかった。

    【正論】もともと日本に存在しなかった「個人主義」の呪縛から脱出せよ 拓殖大学学事顧問・渡辺利夫(1/6ページ)
    ebmgsd1235
    ebmgsd1235 2016/05/05
    「現世の個人は連綿とつづく血縁の中の一人の旅人である。死せる者のいうことにも耳を傾けながら現世を選び取るという感覚」って個人主義の賜物なのでは。「国人」?「家族」や「共同体」にも色んな「かたち」がある
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