お金が大量にあって 事故や災害で絶対安全で 病気や怪我にならず絶対安全で 人間関係の恨みなども一切なく絶対安全で 苦しむことがなく悲しむこともなく 命の危険に絶対晒されなくなって 寿命で死なない、若いまま老化しない 絶対的な不老不死のようになりたい。 こうなれば不安から解放される。
お金が大量にあって 事故や災害で絶対安全で 病気や怪我にならず絶対安全で 人間関係の恨みなども一切なく絶対安全で 苦しむことがなく悲しむこともなく 命の危険に絶対晒されなくなって 寿命で死なない、若いまま老化しない 絶対的な不老不死のようになりたい。 こうなれば不安から解放される。
もう、自分から傷つきにいくの、やめます。 自分から不幸になるのもやめます。 馬鹿らしい。 何やってたんだ私。 元彼のTwitterやInstagramを見て、自分のこと気にかけてくれてるかなって期待しては落ち込み、一喜一憂するのはやめる。 元彼の新しい彼女のSNSを見て、嫉妬するのもやめる。 仕事でミスしたら「だから私はできないんだ、だってあれもできない、これもできない、きっとこれからもこのまま」って悲嘆に暮れるのも。 ただ黙って物事が過ぎ去るのを待つのも。 全部全部やめる。 悲しい自分でいて、それでどうするんだよ。 誰かが救いの手を差し伸べてくれるのを待つのか? いつからか、その手をエサみたいに待つようになったんだ。 自分が不幸だったら差し伸べられるから。 でもずっとそれに依存して、依存度は増していっている。 他者から受け取るものに満足して、なければ怒ったり悲しんだり、もっと自分を不幸に
私は今の会社に勤めておおよそ2年半、管理職になって半年が経とうとしている。 といっても名ばかり管理職であり、訴訟となれば管理職と認められないとされてしまう店長だ。 店長とは言うが人手不足故店には半月もいない日々が続いていた。 店舗間の移動をする、シフトのやりくりの為に使われるヘルプの店長代理。それが主だった私の役割。 もしかしたら働くことに張り合いを持てなくなってきたのかもしれない。 去年目標の年収を決めた。 それにあわせて資格取得と転職をしようと決めた。 第一目標の資格は取れた。これで他業種でも管理職になれるだけのスキルを得た。 それでも今の仕事を続けている。 小さなミスが苦しい。 そして日常ルーチンで部下が起こしてしまうミスをカバーしきれなくて翌日に持ち越してしまう。 向いていないのではないかと思ってしまう。これでも前年営業成績1位は取れたのに。 今年だって前年比を順調に上回っているの
時々無性に、目上の人が自分より薄っぺらに見える。例えば私が適当で浅く古典を引用すると首をかしげられたり、小さな知識を知っていなかったり。 正確には、大学に入ってから、周りの人が愚かに思えるのかもしれない。そこそこええ大学なんだけどな。 自分はちっぽけなので、大学で出会う人が割と自分の世界なのだ。 もちろんこの考えは愚かで、間違いだとはわかる。私は無知だ。私の知らないことを、出会う全ての人は何かしら知っている。 だけど、それでも、支離滅裂な理論を組み立てる人とかを眺めて、とんでもなく薄っぺらで愚かだと感じてしまう。 何でこんなつまんないことがわかってくれないんだろ、って、腹が立ってしまう。多くの人にそんなつまらない感情をどこかで抱いて、心のなかで小バカにしてしまうのだ。 学ぶことに貪欲な人間が足りてないような。薄っぺらばかりで、何も私は盗めていないような。つまらない環境だ、とネガティブにばか
新年明けたので改めてスイッチのゼルダの伝説を再開しようかとも思ったが、そのままプレイしても何も進展せず賞をとって評価されてる作品も満足に遊べないクズの自分が受けるべき当然の罰として死ぬごとに自分を殴って痛い思いをするだけだ。 プレイ日記を書いてみるのはどうかと思ったが、初日がプレイ開始で2日目からは進展ゼロでひたすら昨日と同じと書くの繰り返すだけの手抜き夏休み日記になってしまう。 案自体は悪くない気もするし、少し盛り上がる感じで以前のプレイを思い出して書いてみることにする。 崖から飛び降りればこの高台から脱出できるんじゃないか、と考えて飛び降りる。死んだ。場所がよくないのかと考えて色々場所を変えて30回ほどためす。ダメ、全部死んだ。 戦闘を避けて歩き回るのが楽しいという声があるらしい。なるほどと思い歩き回る。気がついたらいつのまにかモンスターに絡まれててどうすればいいかわからないうちに死ぬ
たとえばゆったり座ってたのに急にバコーン!とPCに向かって前のめりになったりする あとは大音量の唸るような咳払いとか、急に「フハッ」とか息を吐きながら姿勢を変えたりとか、 とにかく爆発的な急激な動きが断続的にある すっごい有能な奇人科学者とかならあの仕草でも許せる インスピレーション命の高度に芸術的な職業の人とかならあの仕草でも許せる でも凡庸な能力の事務職で何故あんな仕草が必要なのかわからない 同じ室内にいるだけで精神的にうるさい 音だけの問題じゃないんだけど耳栓すると結構楽になる けどなんなんだろうああいうの いい大人なんだから普通に静かに集中し続けられないの? 集中途切れたなら静かに退室して人が居ないとこまでいってから奇声でも上げてろよ あらゆる意味で存在がうるさい
自分が差別してないと思ってるの? それともある一定のラインの差別までは許して、できるだけ差別しないようにしようねってことなの? 差別しない人間って発狂するしかないと思うんだけど ※追記 ブコメざっと見た これは他人と自分のズレを感じたことなんだけど、自らが存在することを前提に考えてる人が多いんだなと思った 自分は「認知できない被差別者」を想定する限り差別と区別は分断できないと考えてるんだけど、そうすると現行制度がどこかで被差別者を孕んでいる可能性があるように、自己規定・アイデンティティのような「存在」もまた差別であると考えなければならない。だから差別しない人間は発狂すると書いた 多かった意見として、「差別のない状態が理想だから、そうならないように努める」的なものがあったけど、それは「存在」という差別の容認ではないのか。自分が認知できる差別だけを許さないのならそれでいいかもしれない。でも認知
20代のころ、自分のずっと上の先輩たちが35歳過ぎくらいにパフォーマンスが落ちていったのを不思議に思っていた。 そして、30歳を超えたとき、いままで一緒に頑張ってきた先輩達が35歳を超えたあたりで突然やる気をなくしていった。 いったい何が起こっているんだ? 35歳にいったいなにがある? 謎は解けないまま、私も37歳になっていた。 すっかり気力が無い。まったく仕事のモチベーションが沸かない。 自分がなってみて謎が解けた。 でも答えは教えな~い。
via http://h.hatena.ne.jp/metroq/299850137720774253
ここ最近、生活が雑になっているような気がするので何とかしたい。家計簿をマメにつけたい。朝はパン一枚とか卵かけごはんとか簡単でも良いから家で食べたいし、できればコーヒーもちゃんと豆から淹れて飲みたい。休日は遅くとも9時には起きたいが7時間は寝たい。週に二回は掃除機をかけたい。クイックルワイパーは毎日したい。週に一度はトイレ掃除したい。シャワーだけではなく湯船に浸かりたい。自宅でゆっくりと本を読みたい。というか、積読を無くしたい。ランニングをできれば週三くらいはしたい。ストレッチは毎日したい。本とかCDとか読み終わったり、聴き終わったらそこらへんに置いておくのではなくちゃんと棚にしまいたい。着ない服とか使わない物は捨てたい。メシ食ったらすぐに洗い物をしたい。風呂場のカビを取りたい。革靴はちゃんと磨きたい。洗濯物を干しっぱなしにせずに乾いたらちゃんと畳んでタンスにしまいたい。買った食材は腐らせた
アラフォーになってしまった 2016年10月10日で35歳となる。何も成せずにアラフォーだ。死にたい。「若手」として括られる時代が長かったので、ついつい勘違いしそうになるけど、とっくに老害側にいる。比較的絡みの多い86世代だって5歳下だという現実。 34歳ともなると自分自身が尖ったナイフになるのは難しいし、理想に燃える若者や若者応援オジサンとも一線を引かざるを得ない。若手気分にならないのはもちろんとして、映画『バトルロワイヤル』において中学生に混じってドヤ顔をしていた当時25歳の山本太郎になっていないかの自省をする必要すらある。 こんなことを去年に書いてた時点で、まだまだ若者側にモラトリアムをしていた実態があったのだと思う。新しい人達との交流やオフ会などを避けてきたのも、そんな気分への反動がある。 25歳の頃から変わらない生活スタイル 実際問題として、25歳ぐらいから生活スタイルがそれほど
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