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考え方に関するmisomicoのブックマーク (2)

  • 高齢者とパソコン - リツエアクベバ

    義妹から電話。舅がずっと使ってた日語ワープロが壊れたそうだ。パソコンを買おうと思うが、欲しいのはワープロ機能のみだと言う。プリンタも欲しい。10万くらい出そうと思うが、使いこなせるだろうかとの話。ワード画面を見せるためにノートPCを持って即訪問。 舅が長いこと使ってたワープロは、キーボードの操作キーがわかりやすい。操作キーの位置も覚えて使ってきたと思う。しかしすでに日語ワープロの時代は終わってる。店にいけばパソコンしか売ってない。パソコンにワープロの機能はあるが、ワープロで存在したキーボード上での操作を示した日語表示は消えるし、初めて覚えるマウスの扱いもある。そうした変化に対しての心理的ハードルは高いだろう。でもそこを超えてしまえば充分いけるだろうと思った。思ったんだけれど。 でも…。ノートPCを抱えて行ったわたしが(そうか…)、と思ったこと。舅は高齢者なんだ。世の中ではシニアのパソ

    高齢者とパソコン - リツエアクベバ
    misomico
    misomico 2012/04/09
    新しいものはほとんど必ず人を傷つける、とどこかで読んだ。
  • www.さとなお.com(さなメモ): 不寛容と闘わない寛容

    ひとつ前だかの週刊文春で、福岡伸一先生が、フランス文学者の渡辺一夫の著書「寛容について」から、こんな文章を紹介していた。 寛容が自らを守るために、不寛容を打倒すると称して、不寛容になった実例をしばしば見出すことができる。しかし、それだからと言って、寛容は、自らを守るために不寛容に対して不寛容になってよいという筈はない。 ただ一つ心配なことは、手っとり早く、容易であり、壮烈であり、男らしいように見える不寛容のほうが、忍苦を要し、困難で、卑怯にも見え、女々しく思われる寛容よりも、はるかに魅力があり、「詩的」でもあり、生甲斐をも感じさせる場合も多いということである。あたかも戦争のほうが、平和よりも楽であると同じように。 たまたまであるが、寛容と不寛容について、深く考える機会を得ている。 寛容であれ、フェアであれ、と、自分を成長させてきたつもりではあるが、寛容を守るために不寛容になる、フェアを守る

    www.さとなお.com(さなメモ): 不寛容と闘わない寛容
    misomico
    misomico 2012/04/05
    まあ、ええやないか・やってやろうやないの・なんとかなるわ
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