幣束 @goshuinchou 戦国時代にキリスト教布教に来たルイス・フロイスの長大な手記であるフロイス日本史は全現代語訳が出てるので読むと2ページに1回くらいの割合でカジュアルに憎悪を込めて日本の神仏を悪魔呼ばわりdisしてくるのでミョウマンジのボウズに殴りかかられたって書いてあった時、いいぞやったれって若干思っ 2024-05-16 17:18:48
天正15年(1587)の7月、豊臣秀吉が『伴天連追放令』を出す直前に、イエズス会の日本準管区長コエリョに使いを出して秀吉の言葉を伝えさせている。 そのうちの一つが日本人奴隷の大量流出問題であり、前回及び前々回の記事では、大量の日本人奴隷が売買されて、東南アジアでは傭兵としてかなり重宝されたことを書いた。 しかし、秀吉が問題としているのは日本人が奴隷として売られている問題だけではなかった。 当時わが国に滞在していたイエズス会宣教師のルイス・フロイスは、コエリョが秀吉の出した質問に回答した翌日の朝に、秀吉は家臣や貴族を前にしてこう述べたと記している。 「…奴ら(キリスト教徒)は一面、一向宗徒に似ているが、予は奴らの方がより危険であり有害であると考える。なぜなら汝らも知るように、一向宗が弘まったのは百姓や下賤の者の間に留まるが、しかも相互の団結力により、加賀の国においては、その領主(富樫氏)を追
死刑判決が下されたイエスですが、彼の生い立ちや家族構成など様々なことが判明してきました。 一部からはキリストとも呼ばれている彼について、周囲の評判も含めて書いていきたいと思います。 BBC Newsで報じられたイエスの素顔 http://www.bbc.com/news/magazine-35120965 生い立ち 幼少期から失踪まで ターゲットは社会的弱者 法を軽んじた数々の言動 業務妨害罪の疑い 家族構成 本当の父親は? 地元住民の声 まとめ 関連記事 生い立ち 生まれですが、公式にはユダヤのベツレヘムで誕生した*1ことになっています。しかしこれは家系を盛るためのウソである可能性があり、実際はガリラヤのナザレであると思われます。 幼少期から失踪まで 幼少期は神童だったと言われています。12歳の時、彼が教師たちと会話しているのを聞いた人々は、イエスの賢さやその答えに驚嘆したそうです*2。
これはいくらなんでも盛りすぎだろ、的な聖書エピソード 聖書はイエスや使徒たちのミラクル・エピソードが目白押しです。 死んだ人間を生き返らせたり、たった2匹の魚で大勢の人間の腹を満たしたり、十字架の上で死んだのに3日後に生き返ったり。 我々からすると充分「盛り盛り」なのですが、実は現在の聖書の本編にはない「除外されてしまったエピソード」がいくつかあります。 歴代の聖書の編集者たちにより「いや、いくらなんでも盛りすぎじゃね?」という感じで本編から省かれて外伝扱いにされてしまったようです。 1. ヨハネ、南京虫に言うことを聞かせる このエピソードは、3世紀頃に小アジアからシリア辺りで書かれた「ヨハネ行伝」という書物にあります。 イエスの死後、12使徒の1人ヨハネの宣教の旅を著したものですが、魔術師奇術師の類いかってくらいヨハネがミラクルを連発する「キャー、ヨハネ様すごい!」本です。 南京虫のエピ
東京都文京区の都旧跡「切支丹屋敷跡」で2年前に3体の人骨が出土し、うち1体は江戸時代のイタリア人宣教師シドッチの可能性が高いことがわかった。シドッチはキリシタン禁制下の日本に潜入した最後の宣教師とされる。区が4日発表した。 区によると、マンション建設に伴う発掘調査で、2014年7月に3基の墓と人骨が出土した。国立科学博物館によるDNA鑑定や、人類学的分析で、うち1体は「170センチ超のイタリア人中年男性」と判明。屋敷の記録に残るイタリア人は、遠藤周作の小説「沈黙」のモデルになった享年84のキアラとシドッチしかおらず、文献から「175・5~178・5センチ」の長身で享年47とわかっているシドッチの特徴とも一致したことから、「ほぼ間違いない」と結論づけた。禁教下の宣教師とみられる人骨で個人が特定されるのは初めてという。 シドッチは1708年に屋久島で捕らえられ、江戸の切支丹屋敷に収容。幕府の実
「神の子」の顔はどのように表現されたか 我々が想像するキリストの顔と言えば、 肩まで垂れた長髪 面長な輪郭 二重でぱっちりした目 こけた頬 口元とあごに生えたヒゲ のような感じでしょうか。 絵が下手な人に「キリスト描いてみて」って無茶ぶりしても、 だいたいこのイメージに従って書いているような気がします。 それにしてもいつの時代からこのイメージが出来上がっているのでしょうか? 初期キリスト教時代のイエス像 とにかくなんかすげーやつ キリストがゴルコダの丘で十字架に磔にされて死亡してから、イエスの弟子たちはローマ帝国各地にイエスの教えを伝えるべく伝道の旅に出ます。 徐々に信者数は増えていったのですが、どうも最初の頃はキリスト像など特に存在しなかったようです。 ヨハネによる黙示録には、イエスの姿についてこのように記述がなされています。 そこでわたしは、わたしと、七つの金の燭台が目についた。それら
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