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歴史と日本とトンデモに関するsds-pageのブックマーク (2)

  • 嘘でつくられた歴史で町おこし 200年前のフェイク「椿井文書」に困惑する人たち(Yahoo!ニュース 特集)

    歴史的事実の検証に必要な古文書。だが、その中に嘘が含まれているものもある。そんな偽文書の一つが、江戸時代後期に国学者の椿井政隆によって作られた「椿井文書(つばいもんじょ)」だ。京都や滋賀を拠点に偽の歴史を大量につくったとされる。それを検証するが昨年出版されると、各地で困惑する人が出始めた。椿井文書には何が記され、どんな影響を与えているのか。取材した。(取材、撮影:ノンフィクションライター・伊田欣司/Yahoo!ニュース 特集編集部)

    嘘でつくられた歴史で町おこし 200年前のフェイク「椿井文書」に困惑する人たち(Yahoo!ニュース 特集)
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    sds-page 2021/02/06
    梅の木が空飛んだとか生首が空飛んだとかも普通に歴史として認められてるしへーきへーき
  • 坂上田村麻呂黒人説 - Wikipedia

    菊池容斎の描いた坂上田村麻呂。19世紀に描かれたものであり、当然ネグロイドの特徴は見られない。 坂上田村麻呂黒人説(さかのうえのたむらまろこくじんせつ)は、平安時代の武官であり、征夷大将軍として蝦夷征討に功績を残した大納言坂上田村麻呂が黒人だったという風説である。遅くとも1911年には北米において発生していた。この説は説得力のある証拠を何一つ提示できなかったにもかかわらず[1]、おもに黒人の学者のなかで21世紀に至るまで引用されており、古代日におけるネグロイドの存在を証明するものとして考えられていた。 通説[編集] 『続日紀』延暦四年(785年)六月の条によれば、田村麻呂の父である坂上苅田麻呂は、自身の祖先である、東漢氏の祖・阿知使主について、後漢の霊帝の曾孫で、東方の国(日)に聖人君子がいると聞いたので帯方郡から「七姓民」とともにやってきたと述べたとある[2]。 黒人説の展開と受容

    坂上田村麻呂黒人説 - Wikipedia
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    sds-page 2015/06/18
    日本書紀にも両面宿儺とか登場してるから多少はね?
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