タグ

ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (25)

  • 大人になったみいちゃん - 傘をひらいて、空を

    議事録を書くためにリモート会議の録画を再生すると、母の声がした。 もちろんそれはわたしの声だ。ふだん自分が聞いている自分の声は、人が聞いているのと同じ音ではない。頭の中でこもって反響した音がまじった声なのだ。わたしが思うわたしの声はだから、わたししか知らない。みんなにとって、わたしの声は母の声と同じものだ。 わたしは録画を停止する。それからふたたび再生する。大丈夫、これはわたしの声だ。少し聞き慣れないけれど、たしかにわたしの声だ。わたしが話したことを話していて、わたしの顔についたわたしの口を動かしている。大丈夫だ。 そう思う。 【エントリは、はてなブログ×codoc連携サービスのプロモーションのため、はてなからの依頼を受けて投稿しています。以下、有料部分です。】 この続きはcodocで購入

    大人になったみいちゃん - 傘をひらいて、空を
  • わたしは孤独に死ぬだろう - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのため人の死に目に会えるのは親族のみになった。感染の状況によっては親族さえ会えないこともある。 わたしはいまだ五十の坂を越えたばかり、昨今の平均寿命から考えると死が近いとはされにくい年齢だが、平均はあくまで平均なのであって、人によっては強く死を意識する。具体的には病気をするとか、そういうことで。 わたしは病気をした。生きて帰ったが、年に一度検査をして「まだ死なないでしょう」というようなお墨付きをもらっている。もう数年そうしている。そんなだから死について考えることは日常であり、特段の悲劇とも受け取れない。法的に有効な形式の遺言も書いたが、自筆なので、公正証書遺言にして後の憂いを断ったほうがよいのではないかと考えている。 一方で「もう法定のままでよいのかもしれない」「死んだあとのことなんかどうでもいいのかもしれない」「だっ

    わたしは孤独に死ぬだろう - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2021/03/19
    "正しい「親密さ」"
  • 地面につながる - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているので不要不急の外出が禁じられた。最初の一、二ヶ月くらいはリモートワーク効率的でいいじゃんと思っていたし、Zoom飲みもしょっちゅうやった。僕はわりと社交的なたちで、呼ばれれば行くし、自分が声をかけて人を集めるのも嫌いではない。 それは事実である。表面的な知人もいれば、胸襟をひらいて親しく話す相手もいる。仕事でいろんな人に会うのも好きだ。会社関係以外にもいくつか仲間を持っている。一人暮らしを満喫しているけれど、家族仲はいい。今どき三人もきょうだいがいる。しかも年が近い。彼らのことはとても頼りにしている。 しかし同時に僕は基的に内向的な人間でもある。しょっちゅう漠然とした薄暗いことを考えている。暗いマンガとか暗い小説とかをやたらと読む。たましいが薄暗いのである。僕は思うんだけれど、社交性のある人間が明るくてそうでない人間が暗いなんていうのはまったくの思い込みである。他人との

    地面につながる - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2020/07/08
  • さよなら、わたしのシモーヌ - 傘をひらいて、空を

    シモーヌとは十四年のあいだ一緒に暮らした。シモーヌは冷蔵庫である。名の由来は冷凍庫に霜が降りることであった。わたしの家に来る友人たちが「いまどきそんな冷蔵庫があるのか」と話題にし、誰からともなくシモーヌと呼びはじめ、わたしもその名を使うようになった。 シモーヌはわたしと出会った段階ですでに新しい冷蔵庫ではなかった。大学を卒業して寮を出るとき、一人暮らしをやめる友人からもらったのである。大学生の一人暮らし用としては大きめのサイズだった。わたしは自炊をするのでありがたく貰い受けた。 はじめて一人暮らしをした部屋の中のものはみんな貰い物だった。家具も家電も買った覚えがない。そうした大物にかぎらずわたしはよくものを貰う人間だった。貧しかったからかもしれない。自分では「愛されているからだ」と言っていた。わたしを嫌いな人からは「乞の顔をしているからだ」と言われた。正直なところ、どちらでもかまわなかっ

    さよなら、わたしのシモーヌ - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2020/03/04
  • セフレですよ、不倫ですよ、ねえ、最低でしょ - 傘をひらいて、空を

    仕事の都合で別の業種の女性と幾度か会った。弊社の人間が、と彼女は言った。弊社の人間が幾人かマキノさんをお呼びしたいというので、飲み会にいらしてください。 私は出かけていった。私は知らない人にかこまれるのが嫌いではない。知らない人は意味のわからないことをするのでその意味を考えると少し楽しいし、「世の中にはいろいろな人がいる」と思うとなんだか安心する。たいていはその場かぎりだから気も楽だし。 彼らは声と身振りが大きく、話しぶりが流暢で、たいそう親しい者同士みたいな雰囲気を醸し出していた。私を連れてきた女性はあっというまにその場にすっぽりはまりこんだ。私は感心した。彼女は私とふたりのときには同僚たちに対していささかの冷淡さを感じさせる話しかたをしていた。 どちらがほんとうということもあるまい。さっとなじんで、ぱっと出る。そういうことができるのである。人に向ける顔にバリエーションがあるのだ。私は自

    セフレですよ、不倫ですよ、ねえ、最低でしょ - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2019/09/18
    男性が女性を所有して権力を誇示したがると同時に、女性もまた男性の権力に惹かれるという側面がある、ある種の共犯関係。男性のモテは概ね権力で言い表せると思ってる。 https://twitter.com/Tanishi_tw/status/1163411593247354880
  • あなたが憎くはないけれど - 傘をひらいて、空を

    この世には暗黙の了解とされることがたくさんある。彼女はそのルールをこまかく読むことのできる人間である。職においては短いスパンで客先に常駐し、大量の聞き取り調査を実施し、その場その場の暗黙のルールを察知する。暗黙のルールはだいたいの場合、職場を腐らせて生産効率を下げているものなの、と彼女は言う。 彼女は柔和な印象を与える小柄な女性で、年相応の落ち着いた口調ながら声はややハイトーン、いつもにこやかだ。服装、化粧、表情、すべての要素にそつがない。全身から「自分は脅威を与えない」という空気を発している感じがする。私は彼女を企業忍者と呼んでいる。忍者は企業に雇われて現場に入る。忍者はわずかな期間で人々の不満を聞き取り、組織図にない上下関係や表沙汰にされていない軋轢を察知する。そうして「空気を読まない」業務フロー改善案を提出し、それに見合ったフィーを受け取って、去る。 おっかねえ女、と私が言うと、怖い

    あなたが憎くはないけれど - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2018/10/25
  • 分散派の言い分 - 傘をひらいて、空を

    彼女には恋人がふたりいる。恋人がいない期間もある。恋人がひとりだけということはない。生物として活性化すると恋をするので一人では足りないのかな、と思って話を聞いていた。でもどうもそうではないようなのだった。彼女は恋をするとあわててもうひとり、好きになれそうな人を探すのである。 このたびはその「もう一人」が見つからないのだそうだ。恋人のふたりも見つからないなんて、わたし、もてなくなった、と彼女は言う。ほんとうにつらい、と言う。ひとりでもいいじゃんか、と私は言う。私は、恋は一対一でするべきだなんて、ぜんぜん思わないし、恋人を何人つくろうがその人たちの勝手だと思っているけれど、でも無理に見つけることもないとも思うよ、一人に集中するのもなかなか乙なものですよ、私たちは仕事も忙しいのだし、体力も衰えつつあるのだし、恋をいくぶんか減らしたってよろしゅうございましょう。 いやだ、と彼女は言う。忠誠を誓うの

    分散派の言い分 - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2018/07/11
  • 私の頭が悪いので - 傘をひらいて、空を

    自分がどこにいるかわからなくなる。正確には、自分がどこにいるか認識することなく歩いていた時間の結果として、現在地を把握できなくなる。私は歩く。私はスマートフォンを取り出す。それはいつでも現在地を示してくれる。自宅から近所といえるほどの距離の、いつもは使わない細い道にいた。 私はすぐに茫漠とする。みんなが一度や二度通っただけの道を覚えて歩くのを見ると何度でもおどろく。自分の状態を自覚して長い時間が経ったけれども、それでもいちいちびっくりする。いつも頭の中に現在地があるなんて。あまつさえ「方向感覚」があるだなんて。Google Mapみたいだ。私はそれを手に入れるまで、迷わずに歩くということがほとんどできなかった。比較的よく行く場所でも、一年や二年では、土地を覚えるということがない。特定のルートだけ、特定の目印でもっていっしょうけんめいに覚え、メモをし、それでも歩いているうちに茫漠として、そう

    私の頭が悪いので - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2018/01/18
    美しく、そして優しい話。
  • 友だちの解放奴隷の話 - 傘をひらいて、空を

    三百万ほどもらってくれないか。 友人がそう言った。言ったきり、いつもの顔して大きなカップでコーヒーをのんでいるのだった。私は少しひるんで、しかしそれを悟られないよう真顔をつくり、ジョージ・クルーニーか、と返した。それはなんだいと友人が訊くので、お金持ちの俳優が友だちに一億円ずつ配ったんだと説明してやった。 一億円はないなあ。友人はそう言うが、奨学金の繰り上げ返済を終えたと話していたのが少し前だから、あんまり貯金はないと思う。三百万他人にやったら明日からどうするんだよ。そう尋ねると、働く、と彼女は言う。案の定、もらってほしいのは預貯金の全額らしい。私はゆっくりと彼女を諭す。よろしいか、ジョージ・クルーニーだって全財産を手放しているのではない。持っているものをぜんぶ人にやってはいけない。持っているうちのいくらかしか、誰かにやってはいけない。そもそもあんたはろくなものを持っていない。何も持ってい

    友だちの解放奴隷の話 - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2018/01/10
    "幸福になって、幸福でいつづけるところを、私たちに見せてよ。"この部分は、"私"のエゴなのだろうか、と思った。
  • お正月に帰る - 傘をひらいて、空を

    あー疲れた、まじ疲れた。盆と正月ほんと嫌い。きみたちは俺の心のオアシスだよ、まあ飲んでくれ。正月だろうと何だろうといつも通りぼけっと過ごしているきみたちは最高だ。 盆と正月はの実家に行くんですよ、一日ずつ。泊まりだと耐えられないから、この数年は日帰り。子どもに手がかかるっていう言い訳をしてるんだけど、ほんとは俺の心が保たないからなの。俺の実家は、すごく遠いし、親もべつに正月に来てほしがるタイプじゃないから、適当な時期に子ども連れていけば、それでいいんだよね、だからスケジュールがきついわけでもないんだ、拘束されるのは元旦だけだから。 でもそのたった一日がものすごく疲れる。もうびっくりするくらい疲れる。いや、何もしないよ、の実家でこき使われるみたいなことはない。逆に何もしない。上座に座らされて飲みいしてるだけ。子どもの面倒はが見る。俺はなにもしない。そうでないとの実家の連中の機嫌が悪

    お正月に帰る - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2018/01/04
    痛烈。
  • 世界の底にあるべき網 - 傘をひらいて、空を

    ママなんか、と息子が言う。すごく怒っている。息子はもうすぐ五歳になる。五歳ともなると腹立たしいことがたくさんあり、しかもそれを言語化することができる。歯を磨いたあとにアイスクリームをべさせてもらえないこととか。現在の彼にとって、それはとても重要なことなのだろうとわたしは思う。しかしアイスクリームはあげない。歯を磨いた後だもの。 息子はとても怒っており、そのことを表現している。もうすっかり人類だなあとわたしは思う。わたしと同じたぐいの生物だと感じる。二歳まではそうではない。言語を解さない存在には隔壁を感じる(言うまでもなく、そういう感覚は愛情の有無とは関係がない)。赤ちゃんともなると喜怒哀楽が分化していないから、怒るということがそもそもできない。快不快の不快を泣いて示すのみである。 ママなんか、すばらしくないもん。 わたしは眉を上げる。息子は言いつのる。ママなんか、せかいいちじゃないもん。

    世界の底にあるべき網 - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/11/29
  • マンガ読んで寝てろ - 傘をひらいて、空を

    お金の知識がないのは現代社会の大人として恥ずかしい。他人にそう言われて、ほほう、と思って、少しを読んだ。そういう話をしたら、ふーん、と友人は言った。この女はどこの株を買ってどこの株を売ったら儲かるかというようなことを始終考えていて、余所の人にこれを買えあれを買えと勧める仕事をしているのである。他人を出し抜くと儲かるのでとても楽しいと言う。放っておくとずっとお金の話をしている。そんな人間を相手にお金に関する不勉強を開示するのは恥ずかしいような気もするけれど、私は彼女を数字の亡者だと思っているし(お金の亡者ではない)、彼女のほうは暇さえあればごろごろして小説やマンガを読んでいる私を生産性のないろくでなしと呼んでいる。価値観の相違は既に明らかであり、私たちの関係に悪影響を及ぼすことはない。私は率直なところを告げる。お金の勉強、超つまらなかった。もうやらなくていいよね。 やらなくてよろしい。彼女

    マンガ読んで寝てろ - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/11/28
    メキシコの漁師のコピペを思い出した。 http://www.geocities.jp/fhxtk948/Joke/025.html
  • 雪の女王たちにさらわれた、たくさんの友だちのこと - 傘をひらいて、空を

    天に感謝するがいいよ、あなたが宗教を持っていないとしても。 彼女がそう言うので、私は彼女の顔を見る。あんまり天に感謝しそうな顔をしていない。すらりと長いからだにつるりと丸く清潔な顔を載せた、私の友人である。主に画像と映像の芸術を享受して生きている。職業は映像ディレクターで、夫と子と楽しく暮らし、週末ごとの劇場通いと夜ごとのホームシアターの成果をもって私の観るべき映画を推薦し、盛り上がりそうな映画の封切りに誘う。そうしたら私はいそいそと行って彼女と映画を観てそのあと一緒にごはんをべて絶賛したり酷評したりする。 今日はそのような心楽しい封切りの帰りで、けれどもいまの話題は映画ではないのだった。私が彼女とは別の古い友だちとライブに行くという話をして、そのバンドのライブはおよそ二十年ぶりだと言ったので、彼女はひどく感心して、そうか、と言うのだった。そうか、それはとてもすばらしいことだ、二十年は長

    雪の女王たちにさらわれた、たくさんの友だちのこと - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/10/27
    似た話を書いたとこだったから驚いた。Tが「化け物に」「持って行かれた」とは思っていないけど。 http://ta-nishi.hatenablog.com/entry/2017/10/24/160732
  • 夜と犬 - 傘をひらいて、空を

    それさあ、と彼女が言う。犬好きが犬にやるやつだよ。それって、と訊く。僕の顎は彼女の頭蓋に接しているので発声の労力はとても小さい。あなたが今してるようなやつ、側頭部から撫でて頭のてっぺんにキスするやつ、犬がいたらわたしもそうするよ。だいたいあなたは昔からわたしを犬のように扱っているんだよ。そんなことはないと僕は言う。生まれてこのかた身の周りに犬のいたことはない。そういえば彼女はむかし、将来は犬を飼いたいと言っていた。まだ飼わないのと訊くと飼わないよと言う。生き物を飼うのはたいへんなことなんだよ、わたしは出張が多いし、それにもっと広いマンションに越さないと無理だよ。 そうかいと僕は言う。可愛いねと言う。もう一度撫でる。彼女は手慣れたしぐさで僕の肩と胸のあいだにひたいをつける。完全にリラックスしている。たまにしか会わないのに好きなだけ撫でさせて帰るのがこの人の良いところだと僕は思う。僕の手をはね

    夜と犬 - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/10/18
    素敵だ。
  • 好都合な不自由 - 傘をひらいて、空を

    もう誰か決めてよお、わたしに向いてる仕事、勝手に決めてくれていいから、すごいAIとかが決めてくれたら、その仕事、大人しくやるからさあ。彼女はそう言い、みんなが笑った。私はあんまり笑えずに、いやいやいや、と冗談めかして発言した。それ地獄だから、SF映画とかでさんざん描かれてきた人類最悪の未来だから。 ぜんぜん最悪じゃないしわたしには最高ですよ。彼女はそう言う。私の半分弱の年齢の大学生である。私は母校に依頼され、卒業生として学生たちの就職相談に乗った。母校の企画の趣旨により、その場にいるのは女子学生と女の卒業生ばかりだった。終わってから非公式のお茶会に流れて、出てきたせりふが「誰か仕事決めてほしい」。就職活動に疲れたのはわかったけれども、その発想はないだろう、と思う。 人生は自由を勝ち取る戦いの連続であり、職業選択の自由なんて自由のなかでもいちばん基的なやつだ。誰かに職を決めつけられるくらい

    好都合な不自由 - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/10/18
  • 世界に残された新しい部分 - 傘をひらいて、空を

    ちょっとした手当や雑収入が年間十万円ばかりある。ふだんの予算に組みこんでいないので、ただ口座にたまる。このお金貯金なんかしない。年に一度、それまでしたことのない体験をするのに使う。どうしてそのように思いついたのかは覚えていない。物を買ってはいけないのではないが、目的はあくまで体験でなければならない。体験の質は問わない。気になっていたこと、やろうかやるまいか迷っていたこと、ばかばかしいけどやってみたいこと、なんでもかまわない。ただ「したことがない」かつ「してみたい」という条件はどうしても満たさなければならない。 若く貧しかったころ、この十万円は私の聖域で、ふだん堅実に暮らしていても、年に一度ばかみたいなことにぱーっと遣って気を晴らしたものだった。はじめて一人で海外に出たのも、ドレスアップしてオペラを観たのも、自分の意思と自分の財布で星つきのレストランに行ったのも、英会話のプライベートレッス

    世界に残された新しい部分 - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/10/06
    "三十四十で人生に飽いた人が五十になったからといって健康のために奔走するとは思われなかった。そんな都合の良い話があるはずがなかった。"
  • 何もかもを捨てるための具体的な方法 - 傘をひらいて、空を

    なにもかもがいやになった。 私はもとより性格が暗く、わりとしょっちゅう「ああ何もかもがいやだ」と思う。時間が経つと「やっぱり何もかもがいやなのではない」と思い返す。定期的にそれを繰りかえす。もう飽きるほど繰りかえしているので、々とした気分がやってくると「また君か」と思う。人生は刺激的な冒険であると同時に、平均寿命の半分も過ぎないうちに飽きてしまうルーティンワークでもある。鏡を見れば同じ顔しか出てこない。中身も知れている。そりゃあ、ときどきは「何もかもがいやだ」という気分にもなる。ずっといやになっていないだけ立派なものである。 そんなときには小屋のことを考える。小屋は伊豆半島の、人がたくさん来ない側にあって、海に流れ込む直前のきれいな川のほとりに建っている。山あいだけれども、人里離れているというほどではない。隣の敷地は畑で、その向こうには人が住んでいる。私はその小屋を使うことができる。小屋

    何もかもを捨てるための具体的な方法 - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/07/19
    "人生は刺激的な冒険であると同時に、平均寿命の半分も過ぎないうちに飽きてしまうルーティンワークでもある。"
  • 一時間一万円で買えるもの - 傘をひらいて、空を

    以前職場にいた人から電話がかかってくる。同世代の知人で個人的に電話をかけてくるのは彼女くらいしかいない。ディスプレイには090ではじまる番号だけが表示されていて、だから私は宅配便か何かの電話だと思って、それを取る。彼女が話しはじめて、そうか、と思う。私には電話帳に登録せず拒否もしていない番号があったんだな、と思い出す。 一年ほど前にも彼女から電話がかかってきたな、と私は思う。今の職場の人間関係がとてもつらいという意味の話を聞いた。ひとわたり聞いてから、私は力になれないと言って、切った。それまでの経験で、問題解決や気分転換のための提案をしても聞いてもらえることはないとわかっていたし、彼女の気が済むまで繰りかえし話を聞くだけの情愛を彼女に持っていないという自覚もあったからだ。 このたびの彼女はとても陽気だった。ずっと高揚しているのでなんだか平板にさえ思えるような、そういう陽気さだった。私に関心

    一時間一万円で買えるもの - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/06/01
  • 一晩百万で買えるもの - 傘をひらいて、空を

    その家に行って彼女の息子にかまうのは三十分までと決められている。私は小さい子を嫌いではないし、彼女の息子が赤ん坊のころから定期的に遊びに来ているから、たがいに慣れてもいる。それだから三十分が一時間になってもかまいやしないのだけれども、その子の母である私の友人は時計を見て子に宣言するのである。「さやかさんはお母さんの友だちなの。だからお母さんとお話をするの。ひろくんはそろそろ、さやかさんをお母さんに返さなくちゃいけません」。 子にとって事をしながらのおしゃべりは「遊び」ではないらしく、「ではママとさやかさんは何をして遊んでいるのか」という問答にいささかの時間を費やした。しかたないよと私は言った。ふだんより凝った事を作ったり、ちょっといいお酒を持ち寄ったりしながら延々と話している、それが実はいちばんの「遊び」だというのは、七歳にはちょっと早いよ。私たちは、山とか海とか行っても結局のところし

    一晩百万で買えるもの - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/05/29
  • すべてのシステムに必要なメンテナンス、あるいは根性の育成について - 傘をひらいて、空を

    今日ぜったい定時で帰ります。残業しません。五分だってしません。 彼女がそう言うので、もちろんですと私はこたえた。よそはどうだか知りませんが、うちのチームでは定時退社に上司の許可なんか要りません。根回しも要りません。定時が来たら帰るのは当然です。その日に帰ったらまずいシチュエーションでどうしても帰らなければならないときだけ相談してください。 彼女は晴れ晴れとした顔で、それなら幸いです、と言った。なにか特別なイベントがあるの。誰かが訊くと彼女はいいえとこたえた。運動するだけです。定時に退社してジムに直行して思う存分みっちりやります。最近、いろいろ気ぜわしくって、それから疲れちゃって、一ヶ月も運動してないんですよ。これ以上運動しないと肩こりで死ぬ。 肩こりでは死なない、と私は思う。けれども、がまんできない程度の不快をすべて放っておいたら、そのうち寿命が縮まるだろう。肩こりなんかたいしたことないか

    すべてのシステムに必要なメンテナンス、あるいは根性の育成について - 傘をひらいて、空を
    Ta-nishi
    Ta-nishi 2017/05/17
    短い文章に、真理が詰まっていると思った。