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労働とサラリーマンに関するmohnoのブックマーク (2)

  • 50歳 300人程度規模企業での収入を晒す

    私事だが、この夏で50歳になった。 新卒時に「嫌だな〜、これから40年も働くのか」と思ったサラリーマン人生も残すところあと10年となった。 仕事そのものは、予想に反して楽しく過ごさせてもらったが、収入はなんともだった。インターネットが普及してからは「平均」というものをググったりもしたけど、ピンと来なかった。 同じ思いの人も多かろうと思い、匿名をいいことに赤裸々にしていこうと思う。 生立財閥系総合商社勤務の父の元、比較的裕福に育つ。幼いころはアトピー、喘息と親には心配をかけたであろう。4人兄弟の長兄。 喘息を治す為に習った水泳はその後、特技となり、大学生の時はイントラなどのバイトをした。公立小学校→公立中学→私立付属高校→F欄私大文系。 社歴全国展開している学習塾系の広告代理店営業に新卒で営業として入社。なぜか社長に気に入られ、直轄のプロジェクトなどを担当。2年目のボーナスの少なさに腹を建て

    50歳 300人程度規模企業での収入を晒す
    mohno
    mohno 2019/02/05
    「借金地獄」って、子どもが奨学金借りてるというのと、持ち家のローンだよね。「金利0.857%」って低利率だし、退職金もあるのだろうし、嘆くようなレベルかな。あと、自動車維持費払ってるのに、NHK払ってないとか。
  • 昭和時代にサラリーマンやりたかった

    ソロバン係や電話番や郵便係をわざわざ正規雇用で雇ってて、書類は全部手書きで、 子供でもできる単純作業のために夜11時くらいまで残業して、それでも頑張ってると上司から感心されて、 朝は10時半くらいまで喫茶店でサボれて、どうしてもやる気出なかったらパチンコやゴルフ打ちっぱなしで午後までサボって、 独りよがりな新卒が上司に喧嘩売っても「ガキだなあ」で水に流せてもらえて、 勝手に昇給して、零細企業社員でも家と車買ってなお子を養えて、 税金も安くて、一流大生なら就職課経由で財閥商社から採用倍率3倍そこらで内定もらえて、三流大生でも無名一流素材メーカーを適当に受けたら内定もらえて、 バカでもグズでも数年間じっくり育ててもらってた、 そんな夢のような時代にサラリーマンやりたかった。

    昭和時代にサラリーマンやりたかった
    mohno
    mohno 2018/06/27
    「社員10人いたら1人が稼いでくれば残りの9人は役立たずでよかった」みたいに言う人がいた時代。“残りの9人”になりたい人は多くても、稼いでる1人はどう思ってただろうね。そして国際競争力を失っていったのでは?
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