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ブログ論に関するplatypus0114のブックマーク (5)

  • 不快に感じる謙遜 - 指揮者だって人間だ

    2014-06-11 不快に感じる謙遜 考え方 生活 私はよく必要以上に謙遜してしまい「いやいやこちらこそ」と謙遜合戦になってしまうことがあるのですが、謙遜にも聞いていて不快になるものとそうでないものがあるよなあと思います。 先日ちょっと卑下が過ぎて人を不快にさせるかもというケースに出会ったので、謙遜について私が感じていることを書いてみました。腰の低い人、頭の高い人作者: 梨元勝出版社/メーカー: サンマーク出版発売日: 2012/07/01メディア: Kindle版この商品を含むブログを見るとあるブログで、女性が自分のことを「ババア」と言っている記事を見ました。 たしか「私だってババアだし若い子と比べられても困る(笑)」みたいな文脈だったと思うのですが、正直読んでいて気持ちのいいものではない。 少しそのブロガーさんが苦手になりました。 たとえ自分を卑下する言葉であってもブスとかバ

    不快に感じる謙遜 - 指揮者だって人間だ
    platypus0114
    platypus0114 2014/06/12
    謙遜するのに、蔑む言葉は必要ないよな。
  • 『考える生き方』に書かなかったブログ論の一部: 極東ブログ

    今回出版した自著『考える生き方』(参照)は、当初、現在の書籍のコンセプトと少し違って、ブロガーなのでブログ論のような部分から始まっていた。まあ、finalventというのはブロガーだしね、ということでもある。 基テーマは、「ブログを通して自分が市民である意味を考える」ということだった。 この市民というのは、具体的には、私の理解では、普通の人ということである。普通の人がどう市民として生きるのか。 当初はこれを原理論的な枠組みで考えていた。が、途中、「で、それって自分が語りかけたい人に通じるの?」という疑問がわいてきた。ブログとは違うだろう。 こんな堅苦しいブログみたいなことをで書いても、意味ない。 なら、もっと広い層にまで通じるように書きたい。 それと実際のところ、ブロガーとしての自分を普通の人、市民の一例の人生として見たとき、もっと、見やすい構図のほうがいいのではないかと思うように

  • テレビ小説より、ガッツリ見てる、こころ旅| いつでも、どこかで、まわりみち!

    朝は「とうちゃこ~」の声を聞きたくなる。BSプレミアムで朝7時45分(土日は11時)に放送中の「日縦断こころ旅」です。これを見れば旅にいきたくなる。火野正平の魅力にハマる(?)ことまちがいなし。 行き先は視聴者の手紙 こころ旅の目的は、視聴者からの手紙を読んで思い出の場所へ行くこと。週ごとに旅する都道府県が決まってて、その土地の思い出がつまった手紙が行き先。 手紙の内容はしみじみするものが多い。子供時代の記憶。恋人との忘れられない思い出。亡くなってしまった両親への想い。若かりしころの回想…誰しも記憶にある「こころの風景」を火野正平の自転車で巡る旅番組なのだ。 印象に残る風景 目的地はローカルな場所がほとんど。これが画になる風景をチョイスしてる。2012年10月から和歌山と四国を旅した中でもすでにいきたい場所が見つかったほどだ。 和歌山県。芝の緑が美しい、潮岬・望楼の芝。 徳島県。絶壁と吉

  • どんなに面白いブログでも、過去ログだけでは生きていけないから。 - いつか電池がきれるまで

    4か月くらい放置していたこの『はてなブログ』なのですが、もともとはてなダイアリーのほうでボーダーレスに書きたいことを書いていたので、別にいらないかなあ、っていうのと、サブブログ的なものを書くとしても、「はてな」ばっかりで、「はてな」と一緒に海の藻屑となるのもどうなのか、と。 で、今日ここで書こうと思ったのは、例の「はてな」界を代表する人気ダイアリーの突然の閉鎖についての僕のものすごく個人的な感想です。 僕自身、何度か「ネット自殺」的なことをやったことがあって、実際、それで一度個人サイトを閉じてもいます。いや、そのときは「自殺」っていうよりさ、「ネットであれこれ書いていて、こんな内幕バラシ系のネタは受けるのか、じゃあ、これはどうだ、もっと過激なのが欲しいかホレホレ、ってやってたら、軽やかに社会人としてのリミッターを踏み越えていた、っていう感じだったんですよね。 バカだなあ、と自分でも思うけど

    どんなに面白いブログでも、過去ログだけでは生きていけないから。 - いつか電池がきれるまで
  • ブログは人生のセーブポイント - the world was not enough

    ブログのデザイン変えました。前のに飽きたので。 自分の生活にちょいと余裕ができた時にブログをランダムに読み返して見ることがあるのですが、これが結構面白いのですよね。もうこのブログを始めて3年ちょっとになるわけで、始めた頃に比べて心境の変化やら環境の変化やらいろいろもろもろブログから滲み出ています。一方で「ああ!こういうこと最近でもよく考えるなあ!」ということを何年も前に認めているのを見つけて、昔の自分に深く共感するという妙な経験をすることもあります。 性格とか価値観って個々人に固有のもののように思えますが、その実長い年月の中で微妙にたゆたっているものでもあり。その辺りの「誤差」をブログは絶妙に覚えてくれているものだなぁ、と。今の自分が疑問に思っていることの答えを昔の自分が持っていたり、昔の自分が投げかけた問いを今の自分がキャッチしてみたり。不確かで、目には見えない「自己像」というものを保存

    ブログは人生のセーブポイント - the world was not enough
    platypus0114
    platypus0114 2012/03/26
    自己像保存記ってとこかな。
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