と思った。
子供の頃から両親に米粒を残すなと教えられてきたし、親戚に米農家がいるので米粒を残すことはなかったが、それを他人に強要したことはない。 結婚後妻が米粒を残すタイプの人間だと発覚し一度提案をしたら「わかった」といって残さなくなった。 その後親戚の米農家の手伝いをすると、「これをしたらもう残せないねー」と身をもって実感してくれた。 そして昨日…… 妻「なにしてんの?!」 私「え?……漫画の帯を捨てているのですが」 妻「なんで捨てるの?!」 そう。私は漫画の帯を捨てるタイプの人間だ。コレクションとして持っているわけではないし、 帯が無いからといって作品自体の面白さが変わるわけではない。不必要な物だ。 しかし、妻はそうは思っていなかった。 妻「キミは米粒を残すなと私に言った」 私「は、はい」 妻「それと同じ!」 私「え?」 妻「装丁家に失礼でしょ!」 こうして私は妻に論破され、ゴミ箱から帯を広い漫画
by Stephen Poff 本などの文章を読む際に、声に出さずに黙読していても頭の中で文章を読み上げる「声」が聞こえる、という人が8割以上を占めていることが調査から明らかになりました。「読書中の内なる声」については、これまでほとんど研究が行われていない分野であり、幻聴障害の研究にも役立つのではないかと見られています。 Inner reading voices: An overlooked form of inner speech - Psychosis - Volume 8, Issue 1 http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/17522439.2015.1028972 You hear a voice in your head when you’re reading, right? – Research Digest https:/
オッカム @oxomckoe 書斎や研究室に読みもしない本が大量に必用である理由は、書棚の本というのは部屋の主人が把握できない量になったときに始めて創造力の源泉となるから。大量の本はすべてその時々の問題関心から収集されている。部屋の主人はかつてと異なる問題関心から書棚を物色し、必用な本を発見する。これが独創。 2016-02-18 00:01:04 オッカム @oxomckoe 自分でも把握できない量の本がおさめられている本棚を作り上げるには、10年はかかる。その間に、博士学位もしくはそれと同等の客観的業績になっている。そこから先は、指導教官の指導から独り立ちして、自分で研究できるようになる。所有している本の所在を把握できる間は、まだ学生なんだな。 2016-02-18 00:08:50
昔、僕がまだ若かった(10代後半から、20歳くらいの)ときの話をしよう。 僕は自分のことが大嫌いで、家庭環境とか、行っている大学とか、自分のウジウジした性格とか、「これが好き!」って胸を張って言えるようなものが無い人間だった。 まあ、それは今もそういう傾向があるのだけれど。 その時期、僕はずっと考えていた。 容姿とかお金とか職業とか家柄とか特技とか、そういう「外側の飾り」には関係なく、自分という人間そのものを好きになってくれる人とのつながりこそ「真の愛情」のはずだ、と。 五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を全部失っても、「あなたがいい」というようなのが、真の愛情ではないのか、と。 (要するに「医学部すごいね」みたいなのがイヤだったんだと思う) でも、結局のところ、自分の外側にあるもの、容姿とか学歴とか職業とかを、ひとつひとつ引きはがしてみると、僕は「空っぽ」だった。 『銀河鉄道999』の
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