本来、この記事はナムジュン・パイクについての特集記事四回目の前置きなんですが、脱線して長くなりそうな気配なので独立させて、何回かに分けました。 朝鮮の伝統衣装チマチョゴリの変遷を調べていて驚いたのは、李氏朝鮮時代末期にチョゴリの丈がどんどん短くなって、下着にあたる胸当てが丸見えるまでに露出度が高くなったことでした。いわば「ミニ・チョゴリ」。儒教を国教とする李朝に相応しくないセクシーな風俗のような気がして、これは妓生(キーセン)のような花柳界の女性に限定された風俗だったに違いない。と考えました。例えば↓このような美人画のモデルは髪型から判断して妓生です。 「ミニ・チョゴリ」作者不詳、李人文、申潤福の美人画 ところが当時の風俗画を調べていくと、「ミニ・チョゴリ」は李氏朝鮮で広く普及・流行していたことが分かります。例えば↓のような絵。カラフルなチマ・チョゴリから両班階級(科挙官僚階層)を描いたも