ひとつの「謎」から話を始めよう。1970年代まで、アメリカにおける自閉症の推定有病率は数千人に1人であった。ところが、1980年代以降にその数は急増し、2010年のアメリカではおよそ68人に1人が自閉症(正確には自閉症スペクトラム障害)だと推計されている。この40年でその数は数十倍に膨らんでいるが、では、その「増加」はいったい何を意味するのだろうか。 じつはその「増加」は、自閉症研究の歴史と、社会の認識の変遷を如実に物語るものである。本書は、研究の世界と社会一般において、自閉症がこれまでどのように扱われてきたのかを、丹念な取材と調査で明らかにし、ストーリー仕立てでわかりやすく紹介したドキュメンタリーである。 アスペルガーの先見とカナーの功罪 自閉症の研究は、1930年代から40年代にかけて、ふたりの人物の登場とともに始まった。その人物とは、オーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーと、アメ