こういうところでしかかけないけど、今話題のあおり運転で人を死なせた石橋と言うやつは、知能に問題があるんだろう これは別に悪口で言っているわけじゃなくて、彼の言動から判断してのこと。 ここまで知能に問題のあるやつってのはほとんど動物と同じレベルで、まともに法で裁いてもなんにも意味がないんじゃないだろうか 森で散歩をしていたらクマに襲われたって話と同じレベルの話として考えるしかないんじゃないだろうか 遺族の方には、心よりお悔やみ申し上げます
最近思ったんだけど、ワイ別に信者とかではないんだが、イエスキリストまじ神。 ワイみたいなゴミが会社でどんなミスことして、周りに申し訳ない気持ちになっても、 「あ、そうや。イエスの奴が磔になって贖罪してくれてるし、気にせず明日も頑張ろ」ってなるし、 なんか、調子良い時は 「キリスト、自ら助くものを助くって言ってたし、自助努力頑張ろ」 ってなるからイエスキリストはまじ神。 無料で「ごめんなさい」のアウトソースとか「ライザップ」してくれるしもう神サービスだと思う。 今度教会行って、この前ワイのミスで会社が2000万くらい損失被ったからキリストがいつもやってる贖罪に感謝してくるんや。 お前らみたいな無能も、いつも生きててごめんなさいって思ってるかもしれんけど、 キリストが全部代行してくれてるから堂々 と生きて良いんやで。
聞こえの良い理屈で聴衆の支持を得る山本一郎はほとんど逆張りをしない。ネット上の一般人の気持ちに乗っかる。 そこで自身の正しさをアピールするというよりは、敵に「正当性のない馬鹿」というレッテルを貼るのが上手い。 決定的な意見は言わない基本的には敵への疑念をばらまくだけで、「これはこういうことです」と説明しない。 ただ、他人の意見をRTして「やめたまえ」「静かにしろ」などと言うことで、それを暗に肯定する。 裏を知っているかのようなほのめかし「例の件は大丈夫ですか?」「裏で何をやっているか聞いていますよ」などとTwitterで発言して、聴衆が敵に疑念を持つよう仕向ける。 また聴衆に「山本一郎は情報通なのだろう」「情報通だからソースはなくとも信用できるだろう」というようなイメージを植え付ける。 アウトレンジから挑発と嫌がらせを仕掛ける下品なくらいに煽りまくったり、草付きで馬鹿にしまくったり、記事タ
バイトしている時、増田さん人に興味がないでしょと言われた。 大学時代、所属ゼミの教授に人に興味を持ちなさいと言われた。 初対面の人と会話が続かないのはコミュ障ではなくその人に興味を持たないからだと言われた。 親から、祖母がもうすぐ死ぬと連絡があった。最後に関わったのは小学1年の時でそれから20年経っている。認知症も入っているらしいしもはや赤の他人である。何も感想がなかったので返信していない。たくさんメールが来ているが読む気もない。 たぶん私という人間に何かしら欠陥があるのだろう。
ここ10年くらいで世間に過剰な「正しさ」を漂わせる人が増えた気がする。 SNS上に転がってる名言見て、聖人君子にでもなった気分なんだろうか。 生まれてからずっと正しく生きてきたんですか? 正しさを追求できる知性と根性を持ってるんですか? 人類皆が人格者になるなんて無理だと思いませんか? 僕達凡人はもっと適当に生きてて良いと思うんです。
増田で正論書いたところでブクマされないんだから、そこをとやかく言わないでほしい
「オタクは茶化すばかりで差別と真面目に向き合わない」「フェミは大上段に不快なものを排除しようとする」 「左翼は文句ばかりで対案を出さない」「右翼は差別主義者でデマばかり」みたいなやつって、 観測範囲が狭い(一部しか見てない)、認識が粗い(一部を全体だと錯覚する)、 複数の意見を一つの仮想人格に言わせる(藁人形論法)、といったやつの複合的な現象だけど、 これって誰が悪いというより人間の根本的な欠陥なんじゃないだろうか。 全体を観測するのは不可能だし、主語の大きさを間違えるのも、敵をひとまとめにしちゃうのも、人間の自然な錯覚、当然の心理だよ。 インターネットの発展によって巨大SNSが生まれ、多くの人々が一カ所に集まるようになれば、 こうなるのは必然であったのだし、それが変えようのない人間の本質であれば、問題を解決することも不可能だ。 人類の長い歴史がめざしてきたのは、このような避けようのない陥
毎日会社で終電まで働き、帰って寝るだけ。そんで起きて会社行って終電まで働いて 帰って寝るだけ。この前なんて朝5時に帰った。ちなみに定時は夕方6時だ。 同僚も別に楽しそうに働いている訳じゃない。ただなんとなく仕事を機械的に淡々とこなしているだけ。 今はまだギリギリ20代だけどこんな生活、40、50になってもやるなんて想像できない。したくない。 感情が死んでいくのがわかる。いまはなにも楽しくない。 死んでるように生きたくない。生きてるから生きたい。
大学を卒業して、会社員として4年目。 丸3年間働いてきたことになる。 最近、このまま働き続けていいんだろうかという空虚感に襲われる。 20代前半の、 「なんでもやってやるぜ!」という気力と体力 就職活動というイベントによる、何にでもなれる感覚。 そういったものが20代後半にはなくなってくる。 自分の将来の選択肢が徐々に狭まっていることに危機感を覚えつつある。 これまでの自分の選択はすべて将来の選択肢を広げるためのものだった。 勉強を頑張っていい大学に入るのもそう。 大学でエピソードを積み上げて就職活動を頑張るのだってそう。 会社で頑張って、新人賞なり会社の賞を取るのもそう。 だけど 最近は、特に仕事に関わる勉強には力が入らない。 昔の頑張ろうという気力がなくなってしまったから。 今の会社の決められたレールの上をふわふわ歩いて行けば 30代もくいっぱぐれることはないんだろうな、と思う。 でも
仕事から帰ったら疲れちゃって御飯食べるかぼーっとするしかできてない 帰宅時間が遅いのはあると思うが、早く帰ったところで勉強する気になれるのだろうか そもそも平日に仕事のこと忘れて別なことできるのかどうか 結局そういうところで凡人からは抜け出せない (7/27 20:45 追記) いつものようにRSS眺めてたら見覚えのあるエントリが上がってて驚いた。 沢山意見あってなるほどなぁーと読ませてもらいました。 後学のために、多かった/印象に残ったコメントをまとめておきます。 ・家以外の場所でやる 家ではできないと割り切ってカフェや図書館でやるべきといった意見が一番多かったように思えました。 その中でも、仕事が終わって帰り道に寄り道して勉強する、というのが多い印象でした。 19時とか20時とかならいいんだろうけど、23時とかに帰るとしんどいんだよなぁ、、、 とはいえ仕事帰りにカフェでやる、ってのが自
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