ニュース > チーム 本日発売の週刊誌報道および選手の処分について 掲載日:2020年10月20日 本日発売の週刊誌におきまして、当クラブに所属する道渕諒平選手に関わる記事が掲載されておりました。当クラブが認知していなかった事実など、クラブの秩序、風紀を著しく乱す内容が含まれていたことから、同選手に事実関係を確認した上で、10月20日付けで契約解除を決定いたしました。 この度は、皆様にこのようなご報告をすることになりまして、深くお詫び申し上げます。大変申し訳ございません。 当クラブは、記事に記載されております女性とのトラブルを8月14日に認識し、同選手の事情聴取を行い、顧問弁護士に相談して対応を進めてまいりました。その際に当人同士で解決することが望ましいと助言を受けております。同選手からは、本人の代理人となる弁護士を通じて女性と話し合い、最終的に双方合意の上で解決したとの報告が9月5日にあ
画面越しに包丁をもった道渕が、「一生後悔しつづけろ!」と……罵倒は3時間に及んだという(知人提供写真) 「助けてっ、殺される!」 8月9日午前0時30分ごろ、宮城県警に切羽詰まった女性の声で、110番通報が寄せられた。女性は、交際相手の男性に暴行を受けていたのだ。女性が提出した被害届を受けて、9月7日、男は傷害罪容疑で逮捕された。 【写真あり】美女タレントのH美さんの体に絶えず刻まれた、生々しいあざ この事件の加害者は、サッカーJ1の「ベガルタ仙台」に所属するMF・道渕諒平(26)。そして被害者の女性は、地元放送局の情報番組で活躍するタレントだった――。 「彼は仙台のユース出身で、サポーターの期待は大きい。キレて無用なファウルをする選手ではなく、むしろ仕掛けるプレーからファウルを多くもらうタイプ。日本代表入りも狙える、スター性のある選手です」(サッカー専門誌記者) 道渕は、「ヴァンフォーレ
■被災したベガルタがアフリカの大地に残した足跡 まもなく、未曾有の大震災から6年を迎えようとしています。震災の少し前の2011年1月、ベガルタ仙台はサッカー発展途上にあるアフリカのエチオピアにコーチ2名を派遣しました。首都アジスアベバから北に約600㎞、世界遺産の“岩窟教会群”で知られるラリベラの子どもたちとコーチ陣にサッカーの指導を行ったのです。 ベガルタを招聘したのは環境NGO「フー太郎の森基金」主宰の新妻香織さん。福島県相馬市を拠点に17年前からエチオピアに植林を継続し、300万本の木を植える人です。あの時、彼女も被災し実家は流されました。それでもエチオピア支援を中断する選択肢はありませんでした。 これだけの偉業を成しても、フー太郎の名が周知されることは少なく、その彼女が目を付けたのが同じ東北のサッカーチーム。陸の孤島のようなアフリカ地で、どんなに貧しくても、古着を丸めて作ったボール
ベガルタが、ウイルソンとの契約満了を発表した。 31歳で、3シーズン続けて再三負傷での離脱が続き、年俸も決して安いとは言えないストライカとの再契約が、難しいのは予想していた。そして、その予想どおりとなったわけだ。クラブの経営と言う視点からは妥当な結論だ。 また、あと2節を残しての発表そのものも、これだけ貢献してくれた選手との別れの機会を、我々サポータに提供してくれたクラブの判断に敬意を表したい。 と、クラブの判断は適切だとは思うが、むしょうに寂しいのは言うまでもない。感情と言うものは、理屈では語り切れないのだ。 ベガルタサポータとって、ウイルソンはあまりに大切な選手だった。今思い起こしても夢だったのではないかと感じるACL出場への貢献は格段だった。 冷静な判断からの落ち着いたシュート。しっかりした前線でのボールキープ。広範な視野から速攻の起点となる。単身でも強引にシュートに持ち込み敵DFに
3月11日を迎えて 掲載日:2015年3月10日 2011年3月11日(金)の東日本大震災から4年を迎えます。 犠牲になられた方々へのご冥福をお祈りするとともに、今もなお不自由な生活を強いられている方々が一刻も早く旧に復することを切に願っております。 また、被災されたすべての皆様、ご家族の方々に対しまして、あらためて心よりお見舞い申し上げます。 「被災地の希望の星」としてチームがさらに活躍するのはもちろんですが、震災直後から行っております子供たちをスタジアムに招待するドリームプロジェクトや、今シーズンから始めた「復興ライブ」など、様々な形で被災地に元気を届ける事業を、これからもファン、サポーター、スポンサーの皆様と共に継続的に展開して参ります。 ベガルタ仙台
11年4位、12年2位と躍進した仙台は「復興のシンボル」として被災地に大きな勇気を与えた 【写真:アフロスポーツ】 3月11日で東日本大震災から4年が経過する。 大きな震災被害を受けた仙台市、そして宮城県。4年が経過した今も沿岸部は仮設住宅が建ち並び、復興が遅々として進まない地域も依然として多い。ただ、復興が着々と進んでいる地域もある。今月21日、石巻線が全線復旧となる。内陸に移動し、かさ上げされた土地に新しく完成した女川駅の周りは、大規模な区画整理・かさ上げ工事が行われ、まちびらきが行われる予定だ。6月には仙台市と石巻市を結ぶ仙石線も東松島市・石巻市地域の一部駅が内陸側に移動し、ようやく全線復旧する。また、計画より大幅に遅れているものの災害公営住宅が完成し、入居が始まった地域もある。仙台市ならびに宮城県は道半ばではあるものの、復興の歩みを少しずつ進めているという状況だ。 そして宮城県仙台
ベガルタがアーノルド氏を更迭、渡邉晋ヘッドコーチの監督就任を発表した。仕方がない判断なのかもしれない。 アーノルド氏は、チーム作りの能力は十二分に持っていたと思っている。開幕戦のアルビレックス戦は内容に乏しい試合だった。しかし、アントラーズ戦を経て、3試合目のガンバ戦は、非常に質の高いサッカーを見せてくれたからだ。ところが、残念な事にナビスコをはさんだ4戦目のアルディージャ戦に、勝ちを急ぎ過ぎたのか後方をおろそかにしたやり方で臨み、守備陣の信じ難いミスも重なり惨敗してしまう。これで、精神的に完全に追い込まれてしまったのだろう。5戦目のヴァンフォーレ戦は、今期丁寧に積み上げてきたものを放棄し、昨年の基本ラインナップに戻すやり方を採り、結果的に勝ちきれず。これにより、いよいよプレッシャに溺れたのか、レッズ戦では、敵地の強豪戦にもかかわらず、無謀な前掛かりで臨み、再度惨敗を喫してしまった。 思え
監督交代に関する代表取締役社長 白幡洋一からのコメント 掲載日:2014年4月9日 日頃は、ベガルタ仙台トップチーム並びにレディースに多大なご支援、ご声援を戴き改めて深く感謝申し上げます。 トップチームが、シーズン開幕後公式戦8試合勝利が無いということで、ファン・サポーター、スポンサーはじめ多くの県民・市民の落胆と不安を招いてしまったことに心からお詫び申し上げます。 昨日、長時間に亙りアーノルド監督と話し合いを持ちました。私からは、このような戦績からのファン・サポーターはじめ多くのステイクホルダーの反応や、そこから引き起こされる事業への影響を話し、監督からは、チームやフロントに対する不満や要望及び今後に対する可能性などが提示されました。 結論として、現在のチームの状況を変えるためには、小手先の対応ではなく大きなカンフル剤的な処方が必要だろう、ここで一度原点に戻って、選手に今一度躍動感のある
仙台がグラハム・アーノルド監督(50)を解任することが8日、分かった。9日に正式発表される。後任には渡辺晋ヘッドコーチ(40)が昇格する。 アーノルド監督は、昨年まで6年間チームを指揮しU-21日本代表監督に転じた手倉森前監督の後を受けて就任。オーストラリア代表監督、同U-23代表監督として北京五輪出場を果たすなど豊富な指導経験で、昨年13位に低迷したチームの立て直しを期待された。しかし、新たに採用した1トップシステムが機能せず、守備も崩壊。リーグ戦6試合、ナビスコ杯2試合を消化して3分け5敗と未勝利が続いていた。 渡辺ヘッドは現役時はDF。桐蔭学園(神奈川)から駒大を経て96年に札幌入団。甲府、仙台でプレーして04年に引退した。下部組織の指導者から08年にトップチームのコーチに就任。今年、S級ライセンスを取得している。
ベガルタはレッズに0対4で完敗。結果も悲しかったし、内容も乏しいものだった。しかし、それ以上にこの難敵と闘うべきゲームプランに失望した。 レッズと敵地で戦う。難しい試合になるのはわかっている事。ただ幸い、ペトロビッチ氏は相手によって極端にやり方は変えてこない。だから、相手のよさを消す試合をするのが定石と言うもの。ところが、ベガルタは思うように勝ち点を上げられていないためだろうか、あまりに自分本位のゲームプランで試合に臨んでしまった。 レッズの攻撃は3シャドーの連係と、両翼が張り出す所に特徴がある。中でも脅威は言うまでもなく原口。昨季終盤よりすっかり安定感を増し、長いドリブルの後の細工が絶妙になってきている。どんなチームでも、原口を加速させないように注意して試合に臨んでいる。そのためには、柏木なり興梠を厳しくマークし、原口にボールを出させない工夫が必要。って、どこのクラブで心がけている事だよ
あれこれ諸事都合で、ようやく4節目の今日、今シーズン初観戦が叶った。 やはり生観戦はよい。ノンビリと電車で大宮に向かう。大宮駅に近づくにつれての高揚感。NACK5スタジアムのロケーションは絶品。大宮駅からトコトコ歩き、氷川神社参道で競技場に近づく雰囲気は最高だ。すっかり春めいた暖かな気候、最高の観戦日和だ。繰り返すが、やはり生観戦はよい。 酷い目に会ったけれども。 前半、ベガルタは2点を奪われる。 まずはキックオフ直後。落ち着かない蹴り合いが続き、アルディージャの何でもないクリアに、センタバックの石川直樹と渡辺広大が2人でラドンチッチ競りかけてしまい、家長にフリーでオープンに抜け出され、逆サイドから走りこんだ渡部大剛に決められ失点。そしてアディショナルタイム、同じような流れでラドンチッチに石川と鎌田(広大の負傷でCBに下がっていた)が2人で中途半端に当たりに行くも止められず、後方から走りこ
「杜の都の手倉モリ もちろん国立に行くつもり」 クリスマスソング一色のBGMが流れる中、ユアテックスタジアム仙台のゴール裏に、ひときわ目立つ横断幕が掲げられていた。ベガルタ仙台のサポーターは間違いなく、元日・国立競技場を目指している。天皇杯での過去最高成績は2009年のベスト4。今大会はそのさらにひとつ上を目指して、今季で退任する手倉森誠監督を送り出したいところだろう。対するFC東京のサポーターは、その多くがサンタクロースの赤い帽子をかぶっていた。天皇杯のこの時期、クリスマス気分を存分に演出するのはFC東京の風物詩となっているが、去年は2回戦で早々に敗退してしまった。それだけに今年は、準々決勝でクリスマスソングを、そして準決勝では「もういくつ寝ると、お正月」を歌いたくて、うずうずしているはずだ。 クリスマスを3日後に控えた、3連休中日の12月22日、天皇杯の準々決勝4試合が行われた。ただし
手倉森誠監督の来シーズン指揮について 掲載日:2013年10月10日 この度、ベガルタ仙台の手倉森誠監督がU-21日本代表(リオデジャネイロオリンピック2016)監督に就任することとなりました。 それに伴い、ベガルタ仙台の監督を今シーズン限りで退任することになりましたのでお知らせいたします。 ◆手倉森 誠 (てぐらもり まこと) 監督プロフィール 【生年月日】 1967年11月14日(45歳) 【出身地】 青森県 【選手歴】 五戸高校 - 住友金属工業蹴球団/鹿島アントラーズ - NEC山形/モンテディオ山形 【指導歴】 1995~2000年 モンテディオ山形(NEC山形)コーチ 2001年 大分トリニータ フィジカルコーチ 2002~2003年 大分トリニータ ヘッドコーチ 2004~2006年 ベガルタ仙台 コーチ 2007年 ベガルタ仙台 ヘッドコーチ 2008年
成田のホテルで、2年前に起こった悪夢としか言いようのない災禍を思い起こし、同時に明日南京で体験する夢のような90分間を考えている。 2年前、仙台の両親に必死に連絡を試みた時間帯の焦燥感。深夜に姉からのメールで皆の無事を確認した時の安堵感。その後の報道で見聞きした絶望的な状況。仙台に帰り、改めて現実を見た時の衝撃。 近親者を失った友人、知人の悲嘆。九死に一生を得た人々の恐怖。多くの資産、あるいは生計の手段を失った方々の諦念。 そして、当初から危惧したように、復興への道のりの遠さ。と言うか、道筋が全く見えてこない絶望感。1人1人の立場により異なる要望の方向性。相互の利得の相違から決まらない未来。経済効率からすれば自明の事すら、思うようにできない現実。 私自身も経験している事だが、復興が本格化しようとしてきたために、高騰化する建築資材、不足する職人の方々、納得しづらい高値の復興費用。結果的に進ま
11月24日は、仙台にとってはつらい1日となりました。試合に向かうまでの準備期間では落ちついていた雰囲気が感じられたのですが、試合当日のピッチ上では「いつもできていたこと」ができないチームの姿がありました。記事は技術的なことを中心に執筆いたしましたが、心理的な部分も含めて、これから上位争いを続けられるチームに成長していくことを期待し、これからもこのチームを追っていきたいと感じています。 広島の関係者の皆さん、優勝おめでとうございます。Jリーグが誕生して20年目、地方都市のクラブがスタイルを追求する中で優勝を達成したことは大きな意義があると思います。そして、そのクラブと、同じ地方都市で発展途上の仙台が優勝争いを続けられたことの意義も大きいでしょう。今シーズンの残り時間も、私もしっかり自分の担当チームを中心にピッチ内外の出来事を伝えていきたいと、あらためて思わされた第33節でした。 最後に、J
試合終了後、しばらく呆然として、突っ立ったまま、ピッチを眺めているだけだった。涙が出た訳でもない。呆然としていたのだ。 52歳になった。サッカーをちゃんと見るようになって、約40年。過去、幾度も幾度も負けてきた。勝った事の方が少ない。たいてい、期待の成績を収める前に負けてきた。 そして、昨期、今期のベガルタは、私の期待を遥かに上回ってくれいた。40年サッカーに身も心も浸ってきたが、こんな事は始めてだった。昨期、4位を獲得した際に、「将来、こんなよい思いをするシーズンはないだろう、でき過ぎのシーズンだった」と、しみじみ思ったものだった。それが、ずっと優勝を争っていたのだ。昨期でさえ「夢のようなシーズン」だったのだ。今期を私はどう形容したらよいのか。 そして、後一歩だったのだ。後一歩。「後一歩足りない」のだけは、今までと同じだった。 冒険が終わった。頭の中に入っている40年分の何かが、グルグル
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