慶応や東大のレイプサークル話とか、本当に加害者はクソだと思いますが、加害者たちには、「学歴と家柄と容姿」で女たちに値踏みされることへの復讐という要素もあると思うんですよ。加害者擁護と非難されようが、そういう、「他者から値踏みされることへの怒り」は、真摯に扱うべき問題だと思います。
※これは、11巻が出ないと僕が信じて書いた記事です。 11巻の感想については下のエントリをご覧ください。 →はがない最終巻が俺の二次創作に比べてクソだった理由を、各ヒロイン別に検証してみる - esu-kei_text ライトノベル『僕は友達が少ない』の10巻にて、男子主人公(羽瀬川小鷹)は、あるヒロインの告白にこう答える。 「え、あ、はい」 その10巻のあとがきで「次巻はまるごとエピローグ」と書いている。 つまり、『はがない』本編はこの情けない告白の返事で終わったということだ。 だから、このヒロインと結ばれる展開以外にない。 (あったとしても、それは作者が10巻を書き終えたときに想定したものではない) さらに、その告白の返事をしたときの、男子主人公はどういう状況であったか。 (1)自分がハーレム状態だった部活への退部届を申請する書類を受け取った (2)冬季休暇後、一週間の停学処分を受けて
どうも鳥井(@hirofumi21)です。 最近、ジブリに飢えています。時にやってくる、この感じ。ジブリもしくは井上雄彦作品を猛烈に欲する時が不意に訪れるんです。最近は完全に諦めています。むしろ自分の感情に正直になろうと…。 さて、そんな中ご紹介するのは、先日発売されたばかりの鈴木敏夫著『仕事道楽 新版――スタジオジブリの現場 (岩波新書)』。 2008年に発売された『仕事道楽』に、新たな1章が追加されて、『崖の上のポニョ』から、『思い出のマーニー』までの出来事が書かれています。 今回はこの中で語られていた、「若者に評価されなかったかぐや姫」という部分を取り上げます。、個人的にもかなりショッキングな内容だったので、備忘録の意味も込めて書き残しておきたいと思います。 ストーリーを追って、表現を気にしない若者たち。 話は、『かぐや姫の物語』が世間ではどのように受け入れられたのか、について。少し
2014-12-24 そもそもサブカルとは何かを考える こんにちは 日常のマイナー商品やマイナーアニメほか、愛してやまない MASTERキートンの話題やネット右翼への批判などを書いてきたこのブログ。 「サブカル 語る」。といいながらそもそも「サブカルチャー」とは何かについて まったく触れていなかったことに気づきました。 なので本日は私の考える「サブカルチャー」とは何かについて 語ってみたく思います。 サブカルチャーとはいったい何か? 三省堂の広辞林はこのように述べています。 サブカルチャーとは - Weblio辞書 サブカルチャーとは - Weblio辞書 社会の中心となる支配的な文化に対してその社会の内部にある 集団のもつ独立した文化のことで「下位文化」「部分文化」ともいう。(以下略) ここでは「社会の中心となる支配的な文化」とは 日常生活に根付いている振る舞い=風習や習慣と定義しておき
ライトノベルという言葉の使われ方が最近大きく変化している.それでなくとも,ラノベの定義には幾多の戦争が起き,妥協的にあなたの思うものがライトノベルですなんて文言が産まれたが,さらに混迷を深めている. isaji mosshm (isaji)さんの貢献がこの記事には極めて大きいことを,遅ればせながら述べておく. ・1つ目として,Web小説の扱い.小説家になろう作品がライトノベルレーベルから書籍として出されるようになってから,この問題が表面化した.Web小説が書籍として出され,その書籍をライトノベルと呼ぶべきであるというのが一般的な考えであろうが,さらに枠を拡大して,Webで連載されている作品そのものにも,ライトノベルという名前が使われることが見られる. 書籍として出す際(メジャーデビューみたいな!)に,アマチュアの作家からプロの作家へと変わり,そしてプロの作家が出した作品がライトノベルとして
トム・クルーズの新たな魅力が引き出された『オール・ユー・ニード・イズ・キル』に注目が集まっている。日本のライトノベルが原作で、死ぬと前日に戻る、というループするストーリーがキーポイントと思いきや、面白さはそこに留まっていない。シューティングゲームの緊張感を、死んだらその位置から再スタートするタイプではなく、ステージの最初からやり直しというスタイルのゲーム味を濃厚にした展開こそが、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の見どころと断言できる。 例えば1回目の出陣では機動スーツのセーフティロックすら外せなかったトム・クルーズがループを繰り返し、同じ戦場、同じステージを何度もプレイすることで各種兵装の扱いだけに留まらず、敵と味方の出現パターンも覚え、戦い方を模索していく。グラディウスかそれともダライアスか、覚えゲーのハイスコアが生まれる課程がここに見えてくる。 仲間はすべてNPC(ノンプレーヤーキ
ケリー米国務長官は28日、複数の米テレビ番組に出演し、米国家安全保障局(NSA)による個人情報収集を暴露した中央情報局(CIA)元職員スノーデン容疑者について「愛国者ならロシアに亡命しない。臆病者だ」と激しく非難した。 米NBCテレビは同日、モスクワで先週行った単独インタビューを放映。スノーデン氏は海外で身分を隠して情報活動に関わったという意味で「自分はスパイだった」とし、ロシアに亡命したのは米国が旅券を無効にしたため行き場がなくなったからだと説明した。 これに対し、ケリー氏は「米国に戻りたいなら、いつでも戻れる」と強調。スノーデン氏の暴露がなくても、情報活動とプライバシー保護の在り方をめぐる議論は可能だったとも主張した。(共同)
サザエさんにおけるマスオさんと 魔法科高校の劣等生における司波達也と 二人を比べて幸福量(幸福-不幸)はマスオさんのほうがはるかに大きいなぁと 感じてしまうのはなにか間違えているんだろうか? 背負う必要性のない生まれの不幸ってあるんだなぁと思った。 ちょっと前にあったけど、ストリートファイターのキャラのように。 無限に俺より強いやつに会いに行く。みたいに、敵がどんどん強くなって、いつまでもいつまでも戦い続ける。 その果てに小さな幸せを掴んだとしても(かりに大きな幸せを掴んだとしても)支払った代償が大きすぎて、マスオさんに勝てない。 だからといって、超絶無敵主人公なら、やっぱり、話としてはマスオさんでいいだろう。 なにか間違えているんだろうか?せつない。
柴那典×さやわか 『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』刊行記念対談(前編) 2014.04.14 13:00 音楽ライターの柴那典氏が、初音ミクや同人音楽などボーカロイド文化の隆盛について、音楽史的な視点から考察した著書『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)が4月3日に発売された。今回リアルサウンドでは、同氏が先日4月6日に五反田のゲンロンカフェで行った、物語評論家のさやわか氏とのトークセッション『★さやわか式☆現代文化論 第6回『初音ミクの真実!』さやわか×柴那典』の模様を取材。テレビとネットの境目で発生しているコンテンツの移り変わりや、同人即売会におけるCDの売れ行きなど、様々な話題を存分に語り合った。 「30代より上と10代前半でものすごい文化の断裂がある」(柴) さやわか:この本のおかげで、初音ミクについてわざわざ説明しなくても「読んでおいてね」で済むようになったので、非
[35点]@チネチッタ 押井守が自らの「器のなさ」を遺憾なく発揮した駄作。 続きは見ません。来年の劇場版だけ、評判を聞いてから考えます。はっきり宣言した方が彼らのためであり、パトレイバーというコンテンツのためです。「劇場版の予算稼ぎ」だとわかっていても、この続きに金を貢げるほど頭の緩い、「パトレイバーと名がついてれば何でもいい」みたいな判断基準の人間は、そうそういないと信じたい。 先にいいところを述べるならば、「パトレイバーの続編」として練り上げた、「サポート切れのイングラム」という設定や、「三代目」のキャラ構築と彼らの演技はよかったです。 「日常的な話から」というのも、アクションシーンを短くして予算をケチろうというセコい意図なのは見え見えだけど、パトレイバーなら許せる範囲。コンセプトはいいんですよ。 だから、「エンターテイメント」を作る意志のある人に任せれば、それなりに面白いものができた
どうせ才能もないのに4年間ふらふらと芸術活動をして、ちょこっとだけ働いて、退職して、こんなド地方に嫁に来た母。 母は私にものすごく手と目をかけて育てた。 私は母のようにはなるまい、と思っていた。大学でやったことを仕事にして、自分の力で食べていくのだ。 結構頑張って勉強した。実家から通える駅弁国立大の医学部に進学した。 医学は実学の最たるものだ。私は母とは違う。 家庭なんかもつものか。 医者になって、稼いだお金は自分のために使うのだ。4年前までそんな風に意気込んでいた。 受験、大学に入ってからの勉強のストレスか、もともとメンヘラ気質だったのか摂食障害になった。 バイト代は全部食費に消える。家族に隠れて夜な夜な胃に詰め込んでは吐く。 やった後は猛烈に後悔する。もうやめようって思う。でも翌日の帰りにはまたスーパーコンビニに足が向いてる。 自分が患者だったらこんな医者には死んでも診られたくない。
当方35歳の会社員です。 先日飲み会で知り合った女の人と二人っきりで飲みに行ったのよ。 まあなんとなくお互い気になってたからすぐデートの日取りは決まった。 そんで当日、まあそこそこの店を予約して楽しくお話したのよ。 共通の趣味があって会話も盛り上がり、じゃあホテル行こうかって時にその女断りやがった。 理由が 「まだちょっと早いから」 だって。 笑っちゃったよ。 19歳の処女かよ。 3回目のデートで初夜だってか? セックスにそんな対した意味はないよ。 いい歳した大人同士で飲みに行くっていうのはセックスもセットだと思うんだよ。 それを含め楽しまないとダメだろ。 処女でもない癖になに乙女ぶってるんだよ。 人生損してるよ。
サムライフラメンコ 1(完全生産限定版)(イベントチケット優先販売申込券封入) [DVD] 出版社/メーカー: アニプレックス発売日: 2013/12/25メディア: DVDこの商品を含むブログ (2件) を見る 20161220 追記 記事の存在すら忘れていたけど、某スケートアニメの感想を見ながら、この記事を書いたことを思い出した。当時、よく見かけた感想をそのまま使っているとはいえ、差別用語が記事内に堂々ぶら下がってしまっていることを今さらながら恥を覚えたため、一部用語を変更しました。不適切な用語を使用し、長年放置してしまい、申し訳ございませんでした。 『サムライフラメンコ』最終回にて、男同士の恋愛が描かれていたと話題になっている。 突き詰められた男同士の友情が、どうせまた性愛っぽいと受け止められたのだろうと思っていたら、正義が、1話からサムライフラメンコの理解者であり続けた後藤さんに「
にほんブログ村 水城 「特別寄稿?」 N 「いや、そういうんじゃないけど。日・火・木以外に更新するわけだから」 水城 「まあ、いいですけど、何を?あ、アクセスカウンタが2000突破した、ですか?」 N 「それはどうでもいい。今回のテーマは、『アッキーの挫折と現在の声優界』というお題」 水城 「え?」 N 「アッキー、ようするに長谷川明子さんは、”声優としては”アーツビジョンに所属し、レーベルとしては5pbに”所属していた”人だ」 水城 「所属していた?」 N 「うん。現在でも登録はあるよ?シングルが出るから」 水城 「いや、なら・・・」 N 「でも、ブログで歌手活動の停止が告知された」 水城 「へえ~」 N 「・・・で、5pbがスポンサードしていた彼女のラジオ、「Bright Dreams」も終了となった」 水城 「あら・・・」 N 「これからは、声優だけで頑張っていきます、とあったけど、
世界で多くの「日本産」が高い評価を受けている、IPS細胞の山中伸弥教授からゲームやアニメコンテンツ、最近では和食などが世界遺産に登録などその裾のは広い素直に日本人として誇らしく喜ばしい限りだ、しかしながら私自身はIPS細胞の研究に寄与した事もアニメの視聴をしても作った事は無い、だが新聞テレビなどで「日本の〇〇海外がブーム!」などの見出しを見ると嬉しくなってしまう。 このような事例は幾つもある、甲子園などで自分の住んでいる地域の高校が勝ち進むとやはり嬉しい、その高校がどこにあるのかもよく知らないが、同県というだけで熱狂的に応援してしまう。冷静に考えればおかしな事のように思える、つい先日まで選手の存在も知らなかったのに住んでる場所がそこそこ近いというだけで応援してしまう、選手らとなんの関係も無いのに「住んでる場所が近い!」これだけで応援する理由には十分という事なのだろう。 地域差というのは実際
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