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workと読み物に関するguldeenのブックマーク (214)

  • 深夜におかあさんといっしょ

    ベッドに入って眠ろうとすると、会いたくもない連中が思い出したくもない場面を再現するから気分が悪い。あの時できなかったことや言えなかったことがあったけど、今度はああしてやろうとか、こう言い返してやれとか考えて、その完成度を高めたり、有効かどうかの確認をしたりして、どうにか気分をすっきりさせようとする。だけど、もう過ぎたこと。変えられないんだから、今さらやっても意味は無い。同じことなんて起きない。次なんてないって、冷静な自分が冷や水をぶっかけてくるから、ますます気分が悪くなって眠れない。 そういうときは布団をはいで、時間を確認して、それから気持ちを切り替えるため、リビングへ行くことにしている。温かいお湯を飲みながら、やかましくないテレビをぼうっと見て、苛立った気分が大人しくなるのを一人で待つ。そのつもりでリビングへ行くと、既に母がいて、こたつに入って、テレビを見ていた。母の「眠れないの?」の問

    深夜におかあさんといっしょ
    guldeen
    guldeen 2019/12/22
    仕事での悩みを聞いてくれる親族、という得難い存在は、話し合えるうちに大切にせねばならん事を、改めて考え直す。それにしても、増田の勤務先のクソ上司たるや…(-_-;)
  • おじさんはね、

    おじさんはね、今年主任になったんだ。 部下ができたんだけど、彼らはこないだまで同僚だったので違和感がある。 仕事は連絡調整承認評価が増えたぐらい。順調に行くと再来年には課長だ。 奥さんが身籠っていて、来年には父になる。 楽しみで仕方ない。毎日お腹に話しかけてる。 早く生まれてこないかな。予定通りしっかり大きくなって出てきてほしい。 今年のボーナスで洗濯機を買い換える。冷蔵庫は次の賞与で買い替えたい。 そういえば、今年初めて新車を買ったんだ。よく走るコンパクトカー。 最近はいろんなことがうまくいってる。 だからこのままうまく生きていけるようにがんばる。

    おじさんはね、
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    guldeen 2019/11/22
    今の自分の歳より若い頃に、父は管理職となり海外赴任してた。今、自分はふたたび無職となり、父はボケて(認知症)いる(増田と関連しない話でスマン)
  • 20年の営業マン生活でわかってきた「仕事の本質」を全部話す。 - Everything you've ever Dreamed

    20年ほど営業という仕事をやってきて、小手先のテクニックにとらわれない質みたいなものがつかめたのが、数年前、給の営業をやっている時期だった。ニッチな仕事ではあったけれど、営業という仕事を見つめなおすにはちょうどよかった。現在は違う営業をしているけれど、今のうちにそのとき気付いたことを忘れないためにまとめておこう、というのがこの文章の目的だ。 給の営業というだけでピンとこないはずだ。僕もわからなかった。ピンとこない理由は、1)誰に 2)どうやって 3)何を売るのかわからないからの3点だろう。 1)誰に=営業の対象は法人の社員堂と福祉施設で僕は主に社員堂を担当していた。一般的に社員堂は自前で運営しているか、業者(給会社)が、管轄保健所から営業(給)で許可を取って運営している。給というと学校給を連想してしまいがちだが、社員堂も給なのだ。あなたの会社の社員堂にも給とかか

    20年の営業マン生活でわかってきた「仕事の本質」を全部話す。 - Everything you've ever Dreamed
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    guldeen 2019/10/07
    自分は客商売歴が長いのでB2C系だが、B2Bだと相手先の傾向把握や攻略図はできてて『癒着腐敗やライバル登場』が敵。『提携先環境の改善/よき緊張関係のキープ』はビジネスの基本だが、相手の尊重は大前提。
  • 僕の12年にわたるブログライフを振り返って(寄稿:フミコフミオ) - 週刊はてなブログ

    キャンペーンは終了しました。たくさんのご応募、ありがとうございました。 僕はフミコフミオ。「はてなダイアリー」と「はてなブログ」で長年くだらない文章を書き続けてきた会社員のオッサンだ。このたび「はてなブログ」をきっかけにKADOKAWAさんより『ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる』という長いタイトルのエッセイを出すことになった。それにあわせて株式会社はてな様のご厚意により、このような場所をいただいたので、僕なりのブログ・ライフの総括とブログを書くことの楽しさについてお話したい。皆さんのブログ・ライフの充実のお力になれたらうれしい。 なぜブログだったのか? まず、僕がブログをはじめたきっかけについて。僕がはてなブログの前身であるはてなダイアリーをはじめたのは2003年の年末。はてな歴は実に16年。当時はyoshi_aqua

    僕の12年にわたるブログライフを振り返って(寄稿:フミコフミオ) - 週刊はてなブログ
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    guldeen 2019/09/26
    えっ、あの長い文章をぜんぶガラケーで書いてるの!?そっちのほうが意外▼フミコさんの業務ネタだが、よく訴えられないなと感心する。自分がやると、他人の個人情報などで『踏み抜く』危惧がありそうなので。
  • れいわ重度障害者当選 就活で20社以上落とされた、脳性まひのアニオタが考える意義 | 文春オンライン

    私の名前はダブル手帳(@double_techou)。身体障害者手帳1級(重度脳性麻痺)と精神障害者手帳3級(発達障害)を持っていることから思い付いた安易なペンネームを使って執筆している。 生まれつき歩くことができず、背筋は湾曲し、右手も自由にならない。今は電動車椅子で生活しながら冴えない地方公務員をしている。以前執筆した「アニメの中の障害者キャラクター」というブログ記事がバズったことがある。 初めに告白しておくと、私は基的に政治活動に無関心なほうだし、障害者運動に熱心なわけでもない。そんな時間があるならアニメを見たい。だから、今回当選された船後靖彦氏・木村英子氏の両名のことも、投票日前日にフォロワーから教えてもらうまで全く知らなかった。正直に言えば今でも、二人が「国会のバリアフリー化」を訴えているということ以外よく知らない。 政治団体「れいわ新選組」の比例代表特定枠で当選を決め、記者会

    れいわ重度障害者当選 就活で20社以上落とされた、脳性まひのアニオタが考える意義 | 文春オンライン
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    guldeen 2019/07/25
    一口に『障害者』といっても様々な属性があるし、どのレベルなら議員としての政治参加が現実的かとかは、これはもうケースバイケース。ただ今回の当選で、逆に被選挙権条項が厳しくなりそうな懸念は捨てられない
  • 中途入社から給与所得が年収1000万円超えるまでの転職歴

    前回は、フリーターから中途入社で正社員になった所まででした。 就職してもミスマッチで、転職を繰り返して足踏みが続いていました。 犯罪者が捕まった時によく言われるのが、 『犯人は職を転々・・・』 という言葉です。 転職を繰り返していると、自分は社会不適合者なのかと頭によぎります。 それで採用されやすい仕事ばかり選びましたが、底辺社会には抜け出しにくい理由が色々とあります。 道連れにしようとする人や、都合よく使おうとする人などがうごめいています。 沼のような場所なので脱出しようとすると空回りが続きますが、もがいていると急に前に進める瞬間がきます。 それまでの経験が、いっぺんに噛み合い歯車が動き始めます。 歯車が合った後 ⇒ 経歴 ※転職サイトに誘導する記事ではありません。一社会人の進路選択の結果です。

    中途入社から給与所得が年収1000万円超えるまでの転職歴
  • エッセイ:コンビニバイトすらでまともにできず、やらかし続けた失敗談集|にゃるら

    ■僕にはコンビニバイトすらできなかった 今ではすっかり労働をしなくなった僕も、大学に入学し即退学するまでの数ヶ月のみ、実はコンビニバイトに従事していた経験があるのです。「アドルフに告ぐ」でヒトラーにもユダヤ人の血が流れていたような展開ですね。 今回は、僕がどれだけ労働者として度し難い多動人間であるかの話をしていこうと思います。 初めてのコンビニバイト出勤。先ずはレジ周りの説明のため店長自ら指導してくれる運びとなったのですが、これまた露骨に権高な振る舞いをするタイプの男性でして、「レジなんて客として毎日見ているんだから雰囲気でできるでしょ」と何故か既にキレ気味の態度で、突然レジに立たされます。ファミコン世代なのでチュートリアルの概念を知らないのでしょう。 当然、僕のような要領の悪い人間がぶっつけ番を乗り切れる訳もなく、そもそもレジ袋を開くという基動作の時点で苦戦し始めます。対策法としてレ

    エッセイ:コンビニバイトすらでまともにできず、やらかし続けた失敗談集|にゃるら
    guldeen
    guldeen 2019/07/15
    先天・後天を問わず心を病んだり拘りが強すぎる者に、日本はやたら厳しい。そういう人は本来は『家業の手伝い』で生きてたのが近年はそんな仕事も無く、やむなく不向きなコンビニ仕事に就き、さらに挫折する悪循環。
  • うっかり採用されてしまった知的障害者のヘルプばかりさせられて苦痛

    知的障害者のご人は恐らく自覚がない。 何度教えても覚えてくれないし、メモも真面目に作ってるけどそのメモのどこに何を書いたかを忘れてしまってる。 うちの職場にルーチンワークが存在すれば良いのだけども、基的な事を覚えた後はそれの応用を常にやらないといけないような職種で(職種はボカせてもらう)この2ヶ月ほど色々と試してやってもらったけども何一つできない。 仕事の進捗状況の報告も、報告する帰宅前時間になると軽いパニックになるようで、その日に何をして、どこまで終わったのかが報告できない。 そのため、その方が仕事を終えるたびに業務時間中に報告してもらう形にしてもらったのだが、そのせいで私の仕事が進まない。 なぜなら1時間おきくらいに発生する報告のたびに上記のようにすでに教えた事をまた教える時間に変わってしまうから。 これがずっと2ヶ月。頑張った私のことは誰も評価してくれない。 上司にはその状況を報

    うっかり採用されてしまった知的障害者のヘルプばかりさせられて苦痛
    guldeen
    guldeen 2019/07/10
    こういうのは本来、資格を持った人がヘルプなりサポートすべき行為では?
  • 警備員を辞めた

    【300ブックマーク記念に、ぶら下げエントリー作りました→ https://anond.hatelabo.jp/20190711003448 】 期間は1年と2-3ヶ月。 ──なぜこの仕事を選んだの? 単にコネ。履歴書に書けてすぐ使える資格は普通免許くらいしか無かったし、このトシで未経験でも就ける仕事ってことで、社長さんを紹介してもらったんだよね。 ──辞めた理由は? 1.その場その場での判断が求められる、いわば瞬発力が必要な仕事ではあるが、自分にはそれが無かった。 特に路面工事でよくおこなう片側交互通行では、トランシーバーで他の隊員と連携しながら、タイミングを見計らって自動車列を止めたり流したりするが、この業務が自分は一番苦手だった。おまけに、ドライバーらからは罵声を浴びる事もしばしば。 これとか車線規制や駐車場での誘導では、夏場は日焼けで肌が火膨れや熱中症になる危険が・夜間のそれでは(

    警備員を辞めた
    guldeen
    guldeen 2019/07/10
    (書き直し) 退職諸手続きが済みましたので、IDバラシ記念:-)
  • ひとつの出会いが、ギブアップ寸前だった僕を『戦える営業マン』へ変えてくれました。 - Everything you've ever Dreamed

    もしあの出会いがなかったら、運が悪かったら、これまで20年以上も、営業という仕事をやってこられなかったと思う。新卒で入った会社で営業部に配属してからの半年ほど、まったく結果が出なかったので、継続的に結果を出せるとはとても想像できなかったのだ。当時はインターネットで情報を集められなかったし、今のように営業スキルを教えてくれるような書籍もなかった(有名経営者の立志伝はあった)。会社の上司や先輩からは、足で稼げ、名刺を配れ、見込み客を増やせるだけ増やせ、と言われただけ。具体的に何をすればいいのか教えられなかった。新人もライバルの1人と見る風土があった。 当時、顔を出していたスナックで、時々見かける初老の男性がいた。彼はいつも一人で静かに飲んでいた。ママからは保険の営業マンだと教えられた。何十年もその道の新規開発営業でやってきた人だと。その頃の僕は、まったく結果が出せずに自信を喪っていた。仲の良か

    ひとつの出会いが、ギブアップ寸前だった僕を『戦える営業マン』へ変えてくれました。 - Everything you've ever Dreamed
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    guldeen 2019/06/24
    野放図に『見込み客』を増やしたりせず、『自分の目配りができる範囲で客を選ぶ』。いいアドバイス。何というか、麻雀もそんな処があるよね
  • リストラを打ち出している企業グループの末端が悲惨すぎて言葉を失った。 - Everything you've ever Dreamed

    前職で大変お世話になっていた会社が廃業した。当時の担当者と会うことになったのは、「頼みごとがある」と連絡があったからだ。10年前、堂リニューアルの際、僕は、コンサル的な立場を任されていた。久々に訪れたその会社はラインが止められていて静かだった。正門の警備員詰め所は閉鎖されていた。頻繁に訪れていた頃は、構内をフォークリフトが頻繁に行きかっていてボケーとしていると危なかったが、注意を払う必要もなくなっていた。 会議室に通されるまでに、椅子、空調、あらゆる備品に青と赤の紙が貼ってあるのに気が付いた。マジックで売却と書いてある。青が多い。赤はときどき見かける程度。会議室も、デスクやソファーや壁掛け時計などの実用品だけでなく、よくわからない絵の入った額縁や、意味不明なオブジェにも売却の紙が貼ってあった。社内コンペの写真入った写真立てや、ボロボロのフロアマットまで売っていた。処分する金がないのだろう

    リストラを打ち出している企業グループの末端が悲惨すぎて言葉を失った。 - Everything you've ever Dreamed
  • 20年間営業畑で生きてきた僕が、営業で本当に大事なこと全部話す。 - Everything you've ever Dreamed

    営業は、誰でもできる仕事だ。特別な資格や難しい技術は、必要ない。経験がなくても、なんとかなってしまう。そんな仕事だ。たとえば、営業職でない人たち、あるいは営業に携わったことのない人たちが「ウチは営業が弱い」「営業が仕事を取ってこないから」と営業について話すのも、「営業は誰でもできる」という認識が多かれ少なかれあるからだろう。悔しいが、その認識は正しい。20数年間営業という仕事を続けている僕からみても、営業は「誰でもできる仕事」だからだ。ただし、「誰もが続けられる仕事」ではない。営業という仕事を続けていくためには、心身を壊さずに、継続的に成果を出していかなければならないからだ。そして、そのためにはある種の覚悟が必要となる。前置きは長くなってしまったが、この文章はその覚悟についてのものだ。 営業人生の中で、営業という仕事を辞めてしまう人を何人も見てきた。性格が営業に不向きでギブアップする人や、

    20年間営業畑で生きてきた僕が、営業で本当に大事なこと全部話す。 - Everything you've ever Dreamed
    guldeen
    guldeen 2019/01/23
    門戸が広い一方、辞める人も多い職種。世間的には『ゴリ押し』イメージが強いが、『インセンティブ』形態&パワハラ気質な人が出世するせいかも▼指摘のように「よい関係」を先方と築き保つ事が肝心、よね。
  • 12年勤めたNTTを退職しました(ワーママ編)

    「6年勤めたNTT退職しました」http://kumagi.hatenablog.com/entry/exit-from-ntt 「10年勤めたNTT退職しました(無能編) 」https://anond.hatelabo.jp/20181126192228 に寄せて。 大きな会社なので、皆さんいろんな理由で退職しているかとは思うのですが、女性のエントリーが無かったのでワーママ編書かせてください。 自分は12年豊洲の会社で開発・PMなどをしていました。その間、産休・育休・復帰を経た後に3年ほど前に転職しました。 少し前の事情になるかとは思いますが、女性の立場から見たNTTについて書いてみます。 若手は割と男女平等子供が出来るまでは、女性でもかなりしっかり仕事をさせて貰っていたと思います。 「女の子だから」と手加減されることは少なく、女性でも必要であればガンガン出張などもあります。 また、

    12年勤めたNTTを退職しました(ワーママ編)
  • 【漫画】警察官をクビになった話 - 警察官クビになってからブログ

    【追記】 読んで下さりありがとうございました。 こちらは私が初めて描いた漫画作品になります。 1年後。出版の機会を頂きました。 300Pすべて描き下ろし。 こちらの漫画よりもっと奥の深い作品に仕上げました。。 恐縮ですが多くの仲間の思いを背負い 作品を完全な形に仕上げました。 今後も心を込めた作品を作り続けますので 作品を手に取って応援してくだされば幸いです。 警察官をクビになった話 作者:ハルオサン 発売日: 2020/03/17 メディア: 単行

    【漫画】警察官をクビになった話 - 警察官クビになってからブログ
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    guldeen 2018/10/29
    ハルオサンには『部下がいる』。そりゃ社会人なら当り前の事だろ、と言われるかもだけど、その『当り前』に相当しない非正規労働者が、今この日本には沢山居る。部下を守れるハルオサン、かっこいいぜ:-)
  • 9月末で60歳定年退職しました - 未来のいつか/hyoshiokの日記

    当社の規定により満60歳で定年退職をした。長いようで短かった会社員生活も一区切りだ。自分のプログラマとしての会社員生活を振り返ってみる。無駄に長いし結論はないのでお忙しい人は飛ばして欲しい。 9月末なのでブログ界隈では退職エントリーがそこかしこに書かれると思うが、その中で自分の退職エントリーを連ねることにどれほどの意味があろうか。もちろんないのだが、それでも多くの書き手の年齢を考えると満60歳定年退職というところに若干の希少価値を見出せなくもない。 1984年に大学院修了して以来、プログラマとしてのキャリアを重ねてきた。大学時代の同期でプログラマとして就職したものは皆無だ。当時、工学部の同期はメーカーに就職するのがほとんどで、大手家電メーカー、自動車メーカー、電力会社などなど、当時の誰でも名前を知っている人気企業に就職するものが大半だった。 その中で、日ディジタルイクイップメント(DEC

    9月末で60歳定年退職しました - 未来のいつか/hyoshiokの日記
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    guldeen 2018/10/01
    コンピューターの場がメインフレームから小型PCに移り行く時代を裏方として支えてきた人の一代記。読み物としても、資料的価値が高い
  • 「仕事を任せられる存在をつくれ」「部下に仕事を落として楽をしろ」の本当の厳しさがわかってしまった。 - Everything you've ever Dreamed

    夏休みを7、8月中に取得できなくて社長から注意されてしまった。遊ばずに働いて叱られるのは、正直いって面白くないし、納得できないが「しっかり休もう」が会社の方針だから仕方ない。要因はわかりきっていて、仕事が予想以上に順調であったところに、ベテラン営業マン3人の退職が重なったこと。営業部長の仕事として、部下に優先して休みを取得させるようにしたので、結果的に自分の休みを取れなくなってしまった。社長(ボス)からは「管理職は部下に仕事を落とすのも仕事」といわれている。自分としては管理職としての仕事(管理業務)と自分でやらなければならない営業リーダーとしての仕事、ひとことでいえば部長としての仕事とそれ以外の自分でなくてもいい仕事を分けて、後者は基的にすべて部下に落としていた。ボスは問題が大きくなるまえに対処するのをポリシーとしている人だ。僕の夏休み未取得問題についても、ボスは僕個人の問題ではなく、組

    「仕事を任せられる存在をつくれ」「部下に仕事を落として楽をしろ」の本当の厳しさがわかってしまった。 - Everything you've ever Dreamed
  • ヒトにはオススメしないけれど40代で無職になって良かったと思っている。 - Everything you've ever Dreamed

    前の会社を勢いで辞めてから今の会社に入るまでの約8ヵ月間は(短期間バイトはしていたけれども)無職で、精神的に辛い時期ではあったけれども、40代前半で夢や目標もない「明日はどっちだ?」期間を経験しておいて良かったと今は思っている。感謝すらしている。あのハロワ通いをした時期はこれからの僕を突き動かす燃料になってくれるだろう。無職になる前の僕は、実力もないくせになぜか強者の立場から、仕事をしていない人間、いわゆる無職を一緒くたに見下していた。「いろいろ理由をつけて仕事をしたくないだけなんじゃね?」「努力不足の怠け者じゃね?」と。だが、自分が40代で無職になり、無職の彼らと同じ目線で世の中を眺めてみて、いや、かつての僕みたいな人間から、怠け者に見られてみて、初めて見えてくるものが多々あった。僕の認識は間違っていた。それも完全にだ。まず、当たり前だが、無職の人は必ずしも仕事をしたくない人、怠け者とい

    ヒトにはオススメしないけれど40代で無職になって良かったと思っている。 - Everything you've ever Dreamed
    guldeen
    guldeen 2018/09/01
    そうそう。「探せば仕事なんて幾らでもある!」と吠える人ほど、定年後だとか不労所得者や『失職の可能性が少ない』立場に居るんだよ。んでそういう人ほど、コンビニバイトのレジ業務や品出しひとつロクに出来ない。
  • ブラック上司が身をもって教えてくれた「時間を生み出す方法」が魔法レベルで役に立っているので全部話す。 - Everything you've ever Dreamed

    「責任を取るためにお前たち部下がいるんだろう?」「俺はチャンスをピンチに変える男だ…」「腹を切って話合おうや…」「価格は安いぶん内容もそれなりのロストパフォーマンスに優れた商品です」「刺身が生なんだが」「女房の配偶者が死んだ…」数々の暴言とハラスメントで僕を休職に追い込んだブチョーが孤独死してから早4年。認めたくないが、もう、この世にはいないクソ上司ブチョーから教えられたことが今の僕を救ってくれている。 管理職になってから新規面談をする機会が増えた。そのすべてが商売に繋がっているのならいいのだが、残念ながら、実際には商売にならない無駄な面談も多い。もっとも困るのが時間の価値がわかっていない人との面談。時間は一番貴重な資源である。だが、世の中には「ちょっとだけ時間をもらえますか」つってどういう内容の話になるのか説明もせずに他人様の時間をかすめ取ろうとする人間が結構いる。来、そういった時間の

    ブラック上司が身をもって教えてくれた「時間を生み出す方法」が魔法レベルで役に立っているので全部話す。 - Everything you've ever Dreamed
  • 僕の絶頂期が終わった。 - Everything you've ever Dreamed

    今の職場で働きはじめてから1年、環境も待遇も良く、営業部長として、皆から「ブチョ~ブチョ~」とバカ殿のようにおだてられつつ、快適に働いてきた。こんな妄想上の新婚生活のような甘い日々が永遠に続けばいいのに…と思っていた。だが、僕の絶頂期は今朝、突然、終わってしまった。今、ボスに事情説明を終えてデスクに帰ってきたところだ。 簡単にいえば、営業成績トップ5にいる3人のきわめて有能な部下(以下「黒い三連星」)が同時に辞めたのだ。きっつー。ボスから営業組織の改革を見込まれて、僕はこの一年で従来のやり方を、ひとつひとつ精査して、廃止したり、修正したりしてきた。多少、抵抗を感じなくもなかったけれど、数字という明確な結果が出ていたので、問題はないとしてきた。数字を追い、数字に追われる営業マンなら、数字が出ていればわかってくれると信じていた。甘かった。黒い三連星は同じ世界に生きていなかった。 彼らは、変化に

    僕の絶頂期が終わった。 - Everything you've ever Dreamed
    guldeen
    guldeen 2018/08/04
    『他所から来た年下の上司』のやり方に、ベテランらが付いていけなくなる(典型的な)パターンやね。フミコさんの対応は(書かれてる事が事実なら)スマートに思える。
  • 新人でも、実力不足でも、自分を守るために怒っていい|はせおやさい

    激務とストレスによって仕事を辞め、そのときの心情や状況を『逃げろ、そして生き延びろ』とブログにしたため、大きな話題を呼んだ、ブロガーのはせおやさいさん。はせさんが当時のことを改めて振り返り、「あのときの自分に送りたいアドバイス」を言葉にしてもらいました。 社会人デビューして以降、上司からのどう喝に心を閉ざしていた頃 社会人デビューして以降、自分は仕事で存在意義を発揮できていない、と焦るばかりの日々でした。 20代半ば、キャリアアップのために異業種へ転職するも、運悪く入社した会社がブラック企業。土日出社は当たり前で、営業職で入社したわけでもないのに、無理な販売目標を設定され……。「これはおかしい」と思いながらも、それでもその目標に応えられないのは、能力が低いからだ、と自分を責める日が続きました。こうした自責の念から死にものぐるいで働いた結果、心身の不調を訴えて退職。地獄のような休養期間を乗り

    新人でも、実力不足でも、自分を守るために怒っていい|はせおやさい
    guldeen
    guldeen 2018/08/03
    「舐められる事」関連に“だけ”はやたら敏感な人って、役職者だと目立つ気がする。そういう人に対しては(極端な話だが)『ヤクザや議員の知り合い』など、『虎の威を借る』戦略も必要かも。