「迷ってる時期だったので、もう確実に決めたかったんですよ。曖昧な結果で済ませたくなくて」 当時の心境について尋ねると、しっかりした声で答えが返ってきた。 伊藤沙恵はその日、自分に全勝を課していた。1日に3局行われる奨励会において、3連勝できなかったら退会すると決めていた。そして伊藤は3連勝できなかった。 規定上は、まだ奨励会に残ることもできた。間近に迫った年齢制限をクリアできる可能性も、ないわけではなかった。しかし……。 「もしそこを通過できたとしても、今後昇段していくためには『ここで何勝しないといけない』ということがあると思うので。大事なところで勝てなかったということは……」 だから決断した。年齢制限という規定ではなく、自らの意思で退会することを。こうして伊藤は女流棋士になった。2014年の10月。もう4年以上も前のことだ。 私が伊藤の姿を初めて見たのは、とある出版社の記録映像でだった。