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ブックマーク / fujipon.hatenablog.com (12)

  • すぎやまこういち先生のこと - いつか電池がきれるまで

    www.itmedia.co.jp 90歳というのは、人生を終えるのには早すぎる、という年齢ではありません。 『ドラゴンクエスト』シリーズの最新作が発表されるたびに、僕は内心、すぎやまこういち先生の姿を思い浮かべ、どうか先生がずっと『ドラクエ』の音楽をつくり続けてくれますように、と願っていました。 堀井雄二、鳥山明、そして、すぎやまこういち。 この3人のうち、誰が欠けても、それは僕にとっての『ドラゴンクエスト』ではないから。 僕は高校時代、家の近くの『ベスト電器』のマイコンコーナーで、すぎやま先生の音楽をずっと聴いていました。 当時はまだマイコン(今のパソコン)が世の中にようやく浸透しはじめた頃で、そのマイコンコーナーには、新しもの好き、機械好きの人たちが集まっていたのです。 マイコンコーナーでは、さまざまなゲームのデモが流れていて、僕は何時間も、そこで『イース2』や『ザ・スクリーマー』『

    すぎやまこういち先生のこと - いつか電池がきれるまで
  • 「インターネット文学」が生まれ、二極化していった20年間のこと - いつか電池がきれるまで

    はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」 僕がはじめて自分のホームページを作ったのは、1999年だから、もう20年以上前になる。 パソコン通信の時代には、そういうものがあるのは知っていたけれど、知らない人とやりとりするなんて怖いな、電話代もかかるみたいだし、という感じで、そんなに興味を持てなかった。 でも、職場でインターネットというものにはじめて触れて、雑誌に紹介されている個人サイトを覗いてみて、僕はインターネットの「日記」に魅了されてしまったのだ。 そこには、家族との日常を淡々と記録している人、趣味について書き続けている人、進行中の不倫や専門職での出来事を匿名で告白している人、婚活で出会った異性のことを赤裸々に紹介している人、などが存在していた。 他人の日常を覗き見ることには、背徳的な新鮮さがあった。 それまでは、プロの作家の「お金になる文章」以外を読む機会って、ほとんどなか

    「インターネット文学」が生まれ、二極化していった20年間のこと - いつか電池がきれるまで
    raimon49
    raimon49 2021/08/08
    >人生が有限であるならば、「書けるうちに書いておく」、それで良いのではないか。
  • “REVIVAL OF EVANGELION”『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)²/Air/まごころを、君に』を映画館で観てきた話 - いつか電池がきれるまで

    www.evangelion.co.jp natalie.mu 劇場版 NEON GENESIS EVANGELION - DEATH (TRUE) 2 : Air / まごころを君に [DVD] 発売日: 2003/11/27メディア: DVD 解説 一部の若者層に圧倒的な支持を得た話題のTVアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」。97年春に公開されたその劇場版「シト新生」に続く劇場版の完結編。 アスカが乗った弐号機と量産型エヴァとの戦い、人類補完計画の行方、 そして、シンジの心の旅路の終着地点はいったいどこなのだろうか。全てのファンが待ち望んだ物語の結末が、ついに明かされる。 2021年に「完結編」と目される『シン・エヴァンゲリオン劇場版:‖』が公開予定だったのですが、新型コロナウイルスの感染拡大により公開延期となりました。現時点(2021年1月22日)では、新たな公開日の目処が立ってはいな

    “REVIVAL OF EVANGELION”『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)²/Air/まごころを、君に』を映画館で観てきた話 - いつか電池がきれるまで
  • ある新米投資家の「コロナショック」体験記 - いつか電池がきれるまで

    www.cnn.co.jp b.hatena.ne.jp 「はてなブックマーク」のコメントで多くの人が指摘しているように、株価がいちばん下がっていた3ヵ月前と比べれば、株価が回復してきた分だけ、資産が増えたことになるのでしょう。実際は「コロナ以前の状態に戻りつつあるだけ」なのですが。 僕は50歳近くになって、「経済」というものに興味がわいてきて(それまでは、「お金の話」というのは不浄なものだ、と思い込んでいました)、ちょうど1年前から、ネット証券で株を買うようになったのです。それ以前は、現金での貯金と15年くらい前に銀行にすすめられて買った投資信託を少し持っている程度でした。まあ、それではお金が「増える」ということはほとんどないのですが、切実にお金に困っていたわけでもないので、下手に投資とかに手を出して大損するリスクを考えれば、いまの資産を維持して、死ぬまでべてはいければ十分だろう、と思

    ある新米投資家の「コロナショック」体験記 - いつか電池がきれるまで
    raimon49
    raimon49 2020/06/08
    暴落に遭遇した時の言語化、とてもよく分かる。
  • 『鬼滅の刃』の完結と「終わるべきときに、終われる時代」(『鬼滅の刃』のネタバレなし) - いつか電池がきれるまで

    natalie.mu かつて、『北斗の拳』や『ドラゴンボール』などの週刊少年ジャンプを支えたマンガたちが、マンガ家側の意に反して、「人気があるから」という理由で、けっこう強引な形で連載を続けられ、結果的に尻すぼみというか、「読者にも飽きられて連載終了」となったのをみてきた僕としては、これだけ人気があって、『ジャンプ』の屋台骨を支えている作品が、よくこれで終わらせてもらえたなあ、と思うのです。 『北斗の拳』の作者たち(武論尊さんと原哲夫さん)も、「ラオウ編で終わるつもりだった」と仰っておられました。 僕がよく知っている30年くらい前の『週刊少年ジャンプ』とは、出版社・編集者側の考え方が変わってきているのも事実なのでしょう。 fujipon.hatenadiary.com これは、『暗殺教室』の松井優征さんと、nendoの佐藤オオキさんの対談なのですが、松井さんは『暗殺教室』のクライマックス

    『鬼滅の刃』の完結と「終わるべきときに、終われる時代」(『鬼滅の刃』のネタバレなし) - いつか電池がきれるまで
    raimon49
    raimon49 2020/05/19
    > 「終わるべきときに終わっても、稼ぎ続けられる時代」というのは、コンテンツにとっても観客にとっても、悪くはないと思います。
  • 「会社をやめて、ブログで食べていこう」と思っている若い人たちへ - いつか電池がきれるまで

    ネットを回遊していると、ときどき、「会社をやめて、これからはブログでべていこうと思います」と宣言する若者たちを目にします。 個人的な利害関係があるわけじゃないので、「ああ、頑張れよ」と思うくらいなのですが、彼らに対して、ネット上では逆風が吹き荒れることが多いんですよね。 僕は彼らに「危うさ」を感じる一方で、そういうのが新しい生き方のひとつであり、それでべていけるという選択肢が世の中にあるほうが、生きやすいのではないか、とも思っています。 若いうちであれば、何かやってみてうまくいけば万々歳だし、失敗しても、「それもまた経験のひとつ」として今後に活かせるところもあり、ブラック企業、あるいは「どうしても自分に合わない場所」にしがみついているよりはマシなんじゃなかろうか。 でもなあ、そうやって「理解のある大人」であろうとしながらも、僕のなかには、なんだかすごくモヤモヤとした感触が残っていたので

    「会社をやめて、ブログで食べていこう」と思っている若い人たちへ - いつか電池がきれるまで
    raimon49
    raimon49 2016/05/13
    すっかりおっさんになって、自分の選んだ職業で中央値とか上限も何となく見えて来たから、とても良く分かる。
  • 北陸新幹線開業の日に、あえて九州新幹線をアピールしてみる。 - いつか電池がきれるまで

    今日、2015年3月14日は、北陸新幹線の開業日。 東京から金沢まで、新幹線が通ることになるのです。 とはいっても、九州在住の僕にとっては、ほとんど関係ないというか、これから生きているうちに一度くらい乗る機会があるかどうか、という路線ではありますが。 この数日のニュースやワイドショーを観ていると、北陸新幹線のニュースが大きく採り上げられていることに驚きました。 九州では4年前、2011年に、九州新幹線(鹿児島ルート)が、博多駅と鹿児島中央駅の区間で開通し、ローカルニュースではけっこう盛り上がりを見せていたのですが、全国ニュースではあまり話題になっていませんでした。 今回の北陸新幹線でのフィーバーには、「やっぱり、どこかが『東京と』繋がるというのは、ニュースバリューが圧倒的に違うのだな」と思い知らされます。 でもさ、東京関連のニュースは日中で見せられるのに、こっちの話は向こうではけっこうス

    北陸新幹線開業の日に、あえて九州新幹線をアピールしてみる。 - いつか電池がきれるまで
    raimon49
    raimon49 2015/03/30
    >今回の北陸新幹線でのフィーバーには、「やっぱり、どこかが『東京と』繋がるというのは、ニュースバリューが圧倒的に違うのだな」と思い知らされます。 / 在京メディアでは話題にならなかったがインパクトでかい。
  • なぜ「非公開記事」を書くのだろう? - いつか電池がきれるまで

    たぶん見られることを意識して書いた文章じゃないですよ - 斗比主閲子の姑日記 このid:topisyuさんの話の元になったエントリはもう消されているのですが(一応、消される前に僕は読みました)、プライベートな話みたいなので、内容には言及しません。 で、この話を読んでいて考えていたのは、「なぜ、ネットに『非公開記事』を書くのだろう?」ということなんですよ。 こういうのって、「読まれたくないのなら、チラシの裏に書け!」っていう常套句があるじゃないですか。 他人に読まれたくないのであれば、心の中で書くか、紙の日記帳に書けばいい。 というか、「当に知られたくない」のであれば、日記帳にも書くべきではないと思います。 結局のところ、紙の日記帳の場合も、見つけた人が読むか読まないかって、相手の判断次第ですしね。自分ではコントロールできない。 大概の場合、紙の日記でも「もしかしたら、読まれてしまうかもし

    なぜ「非公開記事」を書くのだろう? - いつか電池がきれるまで
  • 「ファミコン世代」の独白 - いつか電池がきれるまで

    「ファミコン世代」の一員として、なんだかちょっと憤ったり悲しんだりしているのだけれども、僕自身の1980年代くらいを振り返ってみると、ファミコンが(あるいは、ファミコンの時代が)僕に与えたいちばん大きな影響は「ヒマだな、と思う時間の消失」なのではないか、という気がする。 それまで、ビデオデッキやテレビゲームが無い時代というのは、夜は、「でも読むか、がんばって夜更かしてオールナイトニッポンでも聴くか、寝るしかない時間」だった。 テレビもそんなに遅くまではやっていないし、やっていても、「それは子供が観るものではない」とみんなが認識していた。 だからこそ「子供も『11PM』を観てみたいと思っていた」のだが。 ファミコンをはじめとするテレビゲームは、朝早くから、夜遅くまで、いつでも同じように僕を迎えてくれて、飽きもせずに一緒に遊んでくれた。 もちろん「このゲームには、ちょっと飽きてきたな」という

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  • 「ゲームセンターは不良のたまり場」だった頃 - いつか電池がきれるまで

    明治時代、読書といえば四書五経のようなマジメな漢籍を読むことであり、絵空事を書いた「小説」は読書のうちに入らないとされていた。で、「小説のような悪書を読むのは不健全である」と新聞で論じられたりもした。ひとえに小説が新しいメディアで当時の大人達が慣れてなかったのである— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2014, 11月 26 1950年代に漫画が悪書扱いされ、日各地で焚書まがいの弾圧が行われていたのは有名だが、そのころ漫画を取り上げられて泣いていた子供たちが成長し老人になった今、誰も手塚治虫の漫画を悪書と呼ぶものはいない。— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2014, 11月 26 このツイートを読んで、以前、ネットで書いたことへの、意外な反響に驚いたのを思いだしました。 僕が子どもの頃、いまから30年くらい前だから、1980年

    「ゲームセンターは不良のたまり場」だった頃 - いつか電池がきれるまで
    raimon49
    raimon49 2014/11/29
    >「子どもの頃に、その遊びや文化にどっぷり漬かってきた人たちが大人になり、親になることが、つまり、世代交代が進んでいくことが、新しい文化が認知されるためには必要なのかもしれないな、と思います / 良い文章
  • 僕を通り過ぎていった「ロスジェネ的なものたち」 - いつか電池がきれるまで

    参考リンク:ロスジェネ心理学を読んだよ - orangestarの日記 このエントリを読んでいて、なんだか1970年代前半生まれの僕の「ロスジェネ的なもの」が、次々と頭に浮かんできたので、とりあえず記録しておく。堤さやかはさておき。 (1)「ノストラダムスの大予言」をはじめて聞いたのは、小学校の友達の家だった。ああ、自分は30前に死んで、世界は滅ぶのだな、とずっと思っていたような気がする。あの頃の世界は冷戦が続いていて、「恐怖の大王」は核戦争で世界が滅ぶことだと言われたら、「そうなのか……」と信じずにはいられなかったのだ。 考えてみれば、あの頃もいまも地球上の核兵器の数は同数以上なのだから、こうして安心しているほうがおかしな話なのかもしれないが。 (2)壇密という人関連の芸能ニュースを見るたびに、「黒木香に比べると……」と言ってしまいたくなる。 (3)「乗客に日人はいませんでした」を聞く

    僕を通り過ぎていった「ロスジェネ的なものたち」 - いつか電池がきれるまで
    raimon49
    raimon49 2012/12/23
    >セガを応援することが、世界を変えることだと信じていた。
  • 「はてなブログ」の現状について - いつか電池がきれるまで

    β版の段階で文句つけてもしょうがないんだけど、現時点での印象を箇条書きにしておく。 ・  Twitterやfacebookの「リツイート文化」のおかげで、ブログは、ひとつのエントリ単位で急速に消費されてしまっている。そして、読む側は、話題になった記事は読むけれど、そのブログの他のエントリには興味を示してくれない。 ・  iPodのおかげで、「アルバムを通して聴く文化」が廃れてしまったのと同じようなことが、ブログにも起こっている。要するに「シングル曲しか売れない」 ・  個人サイト、ブログ、twitter、facebook。いろんな媒体が出てきたが、そこで活躍しているのはずーっと同じ人。無名のユーザーたちがβ版を耕し、平地になったら勝間和代氏やdankogai氏がスポーツカーで走り抜けていく。 ・  「はてなブログ」のβ版に書いている人たちの文章は「新しい器で、新しい喜びがあるはず」という希

    「はてなブログ」の現状について - いつか電池がきれるまで
    raimon49
    raimon49 2011/11/27
    >無名のユーザーたちがβ版を耕し、平地になったら勝間和代氏やdankogai氏がスポーツカーで走り抜けていく。 / この表現おもしろい
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