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volunteerと津波に関するraimon49のブックマーク (3)

  • 「もう何から手をつけていいのか分からない。面白いもんやな」「自衛隊のお風呂に行きたいけど…」現地を訪ねてわかった能登震災被災者たちの“リアルな生活事情” | 文春オンライン

    元日の夕方という穏やかに過ごしている人が多い時間帯を、最大震度7の巨大地震が襲った。日海沿岸部の広い範囲に大津波警報、津波警報が発令され、日中が緊迫した空気に包まれた。震源地に近い能登半島では地震の揺れに加え、津波や火災によって甚大な被害がもたらされた。 能登町 地震発生から12日が過ぎた1月13日、私は取材のため現地に入った。被災地では慢性的な渋滞が発生し、一般車両は能登に行かないように呼びかけられている。メディアの取材とはいえ、救援活動の妨げになることは極力避けたい。事前に夜間は交通量が激減することを調べていたため、前夜に出発して深夜のうちに現地入りすることにした。 入念な準備のもと現地へ 出発前、取材する2日間分の料や飲料、予備のガソリン、長2足と予備の、胴長などを車に積み込む。

    「もう何から手をつけていいのか分からない。面白いもんやな」「自衛隊のお風呂に行きたいけど…」現地を訪ねてわかった能登震災被災者たちの“リアルな生活事情” | 文春オンライン
    raimon49
    raimon49 2024/01/19
    現地入りの準備が随分と手馴れているなと思ったら、このルポライターさんが書いた東日本大震災の現地取材記事も当時に読んでいた。能登半島の道路の状態がよく伝わる。
  • 「嬉しいが、物資は受け取れない」10年前…被災地に運んだ“130食分の支援”が断られた理由 | 文春オンライン

    岩手県釜石市に住む友人と連絡が取れたのは、震災から1週間ほどが過ぎた時だった。この時点ではまだ東日大震災という名称はなく、東北太平洋沖地震と呼ばれていた。 釜石市といえば津波で甚大な被害を受けたが、友人は内陸部に住んでいたため、幸いにも津波の被害は免れたという。しかし、電気やガス水道は止まったままで、料も調達できない。配布されるオニギリやパンだけが頼りだが、「早く温かい物がべたい」と話した。私は「じゃあ、何か温かい物を持って行くよ」と言ったが、友人は冗談だと思っていた。(全2回の1回目/後編に続く)

    「嬉しいが、物資は受け取れない」10年前…被災地に運んだ“130食分の支援”が断られた理由 | 文春オンライン
    raimon49
    raimon49 2021/03/12
    後編まで読んだ。ガソリン車を捨てるロードマップを引くには、まだ早すぎる判断じゃないかと思わされる。
  • ゴネ得はしたくない──被災地南三陸に広がる「ネット情報格差」

    震災直後に「anpiレポート」を立ち上げた和田裕介氏が主催する「リボーーーン」プロジェクトは、被災地の今をリアルとソーシャルを通じてつなげる取り組みを進めている。志津川高校避難所の給(300人分×3)を作り続けたスポーツバー経営・内田卓磨氏はリボーーーン例会での講演を通じ「被災地のネット格差がそのまま支援格差につながっている。解消を急がねば」と指摘する。 心がけたのは「物資を貯めずに使い、配ること」 南三陸町で兄弟2人、スポーツバーを経営していましたが、津波で店を失いました。避難した時に持っていたのは、たまたまポケットに入れていた7000円の現金と携帯電話、そして車の鍵だけ。もちろん車は津波に流されました。震災の直後は気持ちも落ち込み、避難所の隅で目立たないようにしていました。でも体が大きいので目立ってしまい、「ちょっと仕事を手伝ってよ」ということになりました。正直最初は、イヤイヤやっ

    ゴネ得はしたくない──被災地南三陸に広がる「ネット情報格差」
    raimon49
    raimon49 2011/11/13
    >皆さんにお願いしたいことがあります。それは「被災地に来たことがない人は、ぜひ来て、見て、遠慮せずデジカメでたくさん写真を撮って、ネットにアップしてほしい」ということです。震災の爪痕はまだそのまんまな
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