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社会と書評とジェンダーに関するshino-katsuragiのブックマーク (8)

  • 男の子はいかにして「男らしさの檻」に閉じ込められるのか(北村 紗衣) @gendai_biz

    レッド・ツェッペリンと「男らしさ」の問題 若かった頃、 一人前の男になるってのはどういうことか(what it was to be a man) 教えてもらった。今、その年になって できるかぎりその手のことを ちゃんとやろうとはしてるんだ。どんだけ頑張っても 行き止まりに突っ込むだけなんだけどな これは1969年にレッド・ツェッペリンが出した楽曲「グッド・タイムズ・バッド・タイムズ」冒頭の歌詞の日語訳(拙訳)だ。ジミー・ペイジのギラつくギターにあわせてロバート・プラントが歌うこの詩は、「男らしさ」の矛盾をとてもシンプルに表している。 つまり、男の子(boy)は実は小さい時に「一人前の男」(man)というのはどういうものかに関する固定観念をたたき込まれて育つが、実際のところ、そんな概念を体現できる立派な大人の男にはなれっこない、ということだ。この歌詞は「男らしさ」の理想と現実を簡潔に歌い上

    男の子はいかにして「男らしさの檻」に閉じ込められるのか(北村 紗衣) @gendai_biz
    shino-katsuragi
    shino-katsuragi 2019/08/10
    男の子を育てないですんでよかったんだよな、たぶん。いわゆる社会の規範との間でメンタルやられてたと思う。
  • コラム別に読む : 書店員に聞く 女はそれを我慢できない - 保科龍朗 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

    あなたの嘘(うそ)など聞きあきた。あなたの涙はもうあきた。あなたの夢など聞きあきた――。男に見下されてきた女は、そんな捨てぜりふを吐いて、いつか逆襲する。男女平等なんて言いぐさが空しく思えた時、彼女はなにをしでかすか。 ■リブロ池袋店・矢部潤子さんに聞く (1)紙の月 [著]角田光代 (2)プラダを着た悪魔 [著]ローレン・ワイズバーガー (3)ビジネス・ゲーム [著]ベティ・L・ハラガン (4)女の平和 [著]アリストパネース [訳]高津春繁 ■男は結局、刃向かえない 人は国外逃亡をくわだてた。 銀行の支店の契約社員で外回りの営業を任されていた彼女は、顧客から集めた約1億円もの金に手をつけたのである。彼女にはしかし、心をただれさせる罪悪感はひとかけらもない。見失っていた来の居どころをとり戻したような高揚感に突き動かされていた。 (1)『紙の月』は、理不尽なのに共感を引きよせてしまう

    コラム別に読む : 書店員に聞く 女はそれを我慢できない - 保科龍朗 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト
  • 『少子化時代の「良妻賢母」』書評 日本の「母」の基準は高すぎる|好書好日

    少子化時代の「良賢母」 変容する現代日の女性と家族 著者:S.D.ハロウェイ 出版社:新曜社 ジャンル:社会・時事・政治・行政 少子化時代の「良賢母」―変容する現代日の女性と家族 [著]スーザン・D・ハロウェイ 「良賢母」とは、一般に慎み深く勤勉で、母性あふれる伝統的な日の母の理想像とされる。だが、この語は明治維新後の近代化の中で、人工的に作られたイデオロギーであり、今なお形を変えながらも文化規範として機能している。書は聞き取り調査や先行研究をもとに、日の女性たちを拘束するこの「母の理想像」に検証を加えている。 もともと「良賢母」は、愛国的な活動に従事し家庭収入も増やしつつ進んで育児もし、新しい近代国家建設に役立つ女性像と考えられた。だが意味は変質し、公的領域から女性を排除することと同義となり、戦後は専業主婦の増加とともに母親の役割の強調の意味で用いられるようになった。著

    『少子化時代の「良妻賢母」』書評 日本の「母」の基準は高すぎる|好書好日
  • 「女子プロレスラーの身体とジェンダー」書評 「強さ」をめぐる問題提起|好書好日

    女子プロレスラーの身体とジェンダー 規範的「女らしさ」を超えて 著者:合場 敬子 出版社:明石書店 ジャンル:社会・時事・政治・行政 女子プロレスラーの身体とジェンダー 規範的「女らしさ」を超えて [著]合場敬子 女らしさや美の規範。これらは、今なお多くの女性を拘束する見えない鎖である。とりわけ、「強さ」の問題は複雑だ。近代社会は男性には身体的な強さを奨励し、他方で女性の身体性にはむしろ抑圧的に作用してきた。近代スポーツが合理的な暴力性発揮を主として男性だけに許容してきたことは、この証左である。 一方、昨今では女性もまた強くあることが奨励される。だがその実態は、あくまでも社会が容認する範囲に留(とど)められる。女性が身体的強さを高め、そこから逸脱したらどうなるのか。書はその先端事例として女子プロレスラーを取り上げ、検証している。 一見突飛なこの題材は、この社会で女性が強さを目指す際に生じ

    「女子プロレスラーの身体とジェンダー」書評 「強さ」をめぐる問題提起|好書好日
  • 「Because I am a Girl―わたしは女の子だから」書評 開発途上国の厳しい現実|好書好日

    Because I am a Girl わたしは女の子だから 著者:ティム・ブッチャー 出版社:英治出版 ジャンル:小説・文学 これは、今日もどこかの国で暮らす名もなき少女たちの物語。世界で活躍する7人の作家による、書き下ろし短編集。【「BOOK」データベースの商品解説】「女の子だから」というだけ… Because I am a Girl―わたしは女の子だから [著]アーヴィン・ウェルシュほか 青空をバックにいろんな肌の色の女の子たちが佇(たたず)んでいる表紙カバーを見て、可愛らしい声が詰まった短編集なのかな、と手に取った。でもここには、女の子というだけで差別を受けてしまう開発途上国のハードな現実が描かれている。「プラン」というNGOのキャンペーンに協力した世界各国の作家たちが現地を見たうえで書いた作品のアンソロジー。翻訳した角田光代さんも「プラン」の招きでマリやインドに行っている。 女の

    「Because I am a Girl―わたしは女の子だから」書評 開発途上国の厳しい現実|好書好日
  • 上野千鶴子「ケアの社会学」書評 家族介護を解体し、共助のしくみ追究|好書好日

    超高齢社会における共助の思想と実践とは何か? これまでもっぱら「ケアする側」の立場から語られてきた介護の問題を「ケアされる側」の立場から捉え返し、介護現場における「当事者… ケアの社会学―当事者主権の福祉社会へ [著]上野千鶴子 私たちは人類史上はじめて「超高齢化社会」を経験している。なぜなら人が簡単に死ななくなったからだ。過去にはありえなかった社会構成が出現している。 また、介護保険法の成立によって、これまで家庭内の「不払い労働」だった介護が、家庭外の「支払い労働」へと拡大している。「介護は家族が担うのが当然」という規範は根強い。しかし、はたして家族介護は「自然」の行為といえるのか。それを無条件で「望ましいもの」とみなしていいのか。 上野は、家族介護は神話であり、解体する必要があると論じる。そして、ケアは「愛の行為」ではなく「労働」と捉えるべきことを強調する。ケアを「有償の労働」とみなす

    上野千鶴子「ケアの社会学」書評 家族介護を解体し、共助のしくみ追究|好書好日
    shino-katsuragi
    shino-katsuragi 2011/10/11
    愛も無尽蔵ではないからな。/「女性の階級問題」げに。
  • エイズ村、売春宿……男女差別と社会格差の中で生きる『中国の女』

    『潜入ルポ 中国の女』(文藝春秋) 「男の子を産まないと、一人前の女じゃないから」 エイズに侵され死に瀕しながらも、男の子を産むために3度出産した女性は言った。中国の貧しい農村、文楼村は村民の半数がHIVキャリアの「エイズ村」と呼ばれている。生きるために自らの血を繰り返し売った結果、不潔な器具がウイルスを拡大させた。 フリージャーナリスト・福島香織氏の『潜入ルポ 中国の女 エイズ売春婦から大富豪まで』(文藝春秋)は、タイトルの通りエイズ村の女性や売春婦、ゴミ拾いから富豪にのし上がった女性など、現代中国に生きる女性にクローズアップしたルポである。 ――書で一番強烈だったのは、「農村で女に産まれるくらいなら、牛や馬に生まれた方がまし」という言葉です。エイズ村に生きる女性の過酷過ぎる人生はもちろん、別の女性は実兄の結婚資金ために遠くの村に売り飛ばされています。中国で、ここまで男尊女卑が激しいと

    エイズ村、売春宿……男女差別と社会格差の中で生きる『中国の女』
    shino-katsuragi
    shino-katsuragi 2011/06/04
    腕力が劣っているというだけで、なんでこんな目にあわんとならん?
  • Gazing at the Celestial Blue 一番最近読んだ怖い本;「母は娘の人生を支配する」

    「母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか / 斉藤環」 このを知ったのは、あるはてな匿名ダイアリーについていたトラックバックからだった。タイトルから検索してみると、レビューエントリに行き着いた。 『母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか / 斉藤環 - ビールを飲みながら考えてみた…』 このエントリでは、内容概略を知るに、ほぼこれで十分なほど網羅されているが、実際にを読むと何ともいえない怖さがある。この書籍が映し出す怖さは、女性として育ってきた身には非常に腑に落ちることが多々あるのだが、おそらくは男性には実感として感じられないかもしれないとは思った。ただし、この書籍の著者は男性である。そして、「それ」の存在を描写するのに、著者の男性ジェンダーが貢献したのだろうとは思えた。なぜかジェンダー女性と男性で違いがある引きこもり治療の第一人者と紹介される著者が、実感を持て

    shino-katsuragi
    shino-katsuragi 2010/05/23
    姻戚であるとか、そういう「他者」(微妙)がうまく機能する家族という観点も必要かもしれないなぁ。/母親の重力圏から脱するには、たいへんな時間(と労力)がかかる。
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