平成26年1月12日に桜島大正噴火から100年を迎えるにあたり,県及び鹿児島市,関係自治体,防災関係機関等からなる「桜島大正噴火100周年事業実行委員会」では,大正噴火災害の教訓を継承し,防災意識の高揚を図るため,「桜島大正噴火100周年記念誌」を発刊しました。 ごあいさつ・口絵(PDF:1,954KB)
東日本大震災。 東日本全体で21000人もの人が命を失い、または行方不明となりました。私も被災し岩手県陸前高田市米崎小学校の体育館で二ヶ月間にわたり避難所生活をしながら避難所運営を経験しました。 多くの人に助けられ過ごした時間です。この場をお借りして、日本中の人に御礼を述べさせていただきます。 本来であれば、避難所運営の一例として記録と御礼だけに留めるべきことですが、次の万が一の時のために避難所運営の改善点とご支援をいただいた際に気になった点を記させていただきます。 両親と妻と一男二女の7人暮らしをしていました。両親とも同じ米崎町生まれで、昭和35年のチリ地震津波の被害も経験しています。妻は同じ岩手県内でも内陸の一関市生まれなので、結婚するまで津波に対する防災教育を受けずに育ちました。 震災時、子どもは小学校一年の長女と保育園年長組の次女は学校と保育園へ。1歳6ヶ月の長男は自宅で妻と一緒で
イタリアではネームを考える時以外は大抵国営放送のラジオ番組RAI3を聞いているのですが、この局ではジャンルを問わない様々な音楽が聞けるだけでなく、文芸関連や映画、または政治等に関する時事問題の番組も多く、つけっぱなしにしているだけでかなり多元的な知識や情報を提供をしてもらえるので大変気に入っています。 先日いつも通りに朝起きてすぐにこのラジオを聞き始めたら、「今から50年前、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州のエルト・エ・カッソ渓谷の村のヴァイオントダムで起こった大惨事について」という、専門家を招いての座談会方式の番組が放送されている最中でした。 このダムは1960年に竣工された当時、堤高の高さが262メートルという当時世界で一番高いアーチダムとして注目を浴びていたのですが、その後1963年に天候不順が続く中隣接していた山が大規模な地滑りを起こし、膨大な土砂と岩盤が時速100km程度とされ
津波に遭遇した船の行動事例集 ∼東日本大震災で津波に遭遇した船のその時の行動に学ぶ∼ 平成23年9月 近畿運輸局 はじめに 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による大津波は、沿岸にいた船にも大きな 被害をもたらしました。大きな船が陸上に押し上げられた姿、船がビルの上に乗り上げた 姿などを見て、皆さまも津波の凄まじさに驚かれたことと思います。しかし、こういう状 況の中で、乗組員の懸命の努力により難を逃れた船も多くありました。なかには、自らが 津波に巻き込まれながら、座礁したロシア船の船員を救助したという船もありました。 津波がおきた場合、船は津波が来る前に沖に逃げるのが原則です。しかし、今回の東日 本の津波のように、地震発生から津波来襲までの時間が短い場合は、すべての船が沖に逃 げることは困難です。その時にどうしたらよいか。船の大きさ、積み荷の状況、船のいる 場所などにより、答えはさ
このページの内容 「天災は忘れた頃に来る」という言葉を言い出したのは寺田寅彦であるといわれています。寺田寅彦は現在においても人気者であり、寺田寅彦随筆集(岩波文庫)を新たに入手すると、例えば、第一巻は2002年5月第86刷発行」となっています。また、「松本哉著 寺田寅彦は忘れたころにやって来る 集英社新書 2002」のような本が出版されるのも相変わらぬ寅彦の魅力のためと思われます。 寅彦に関する文献を抜粋引用し、地震・防災の原点を探ってみます。 寺田寅彦 伝説の警句 随筆中の災害や防災 関東大震災と寅彦 明治11年(1878)誕生、昭和10年(1935)没。享年58歳。 大正12年(1923)45才の時、関東大震災に遭遇し、火災旋風などの調査に従事する。随筆集「冬彦集」を出版した年である。 学校 ・・・・・・・・・ 高知と東京の小学校、高知の中学校、熊本の第五高等学校、東京帝国大学 肩書き
オンライン特集:日本を襲った大地震と核の危機 去る3月11日にマグニチュード9.0の大地震と大津波が日本を襲い、その後、原子力発電所で史上最悪の大惨事が発生しました。現在、日本の人々は、この大災害と闘い、悩み苦しんでいます。ネイチャーでは、この危機に関する最新情報、今回の地震の巨大な破壊力の原因分析、原子力発電所災害への対応に苦慮する日本政府、日本の研究コミュニティーが受ける影響などについて、常に最新の情報を提供しています。 日本語のコンテンツ News チェルノブイリ:ロング・グッドバイ チェルノブイリでの深刻な原子力災害から25年が経つが、汚染除去、監視作業はいまだに続き、健康への影響の研究は進んでいない。 Nature 471, 562-565 (2011年3月31日号) 予測できない放射線リスク 科学者たちは、福島県で発生した低線量被曝の長期的影響を予測しようと努めている。 Nat
On the "Genpatsu-Shinsai" (Quake and Nuke Disaster Complex) due to the 2011 off-Pacific-coast-of-Tohoku, Japan, earthquake 2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(M9.0)で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災された膨大な皆様に心からお見舞いを申し上げます。そして、一人でも多くの方が救出されることを切に願っております。 激甚な地震津波災害のうえに、東京電力福島第一原子力発電所で重大な事故が発生し、かなりの放射能が漏出して多くの住民が避難を強いられていることは、痛恨の極みです。 私は、大地震によってこのような事態が生ずることを憂慮し、1997年から警鐘を鳴らしてきましたが、こんなに早く懸念が現実化してしまうとは思いませんでした。 今は、東京電力・協力企業、政府、
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